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備前焼を通して伝えるおもてなしの心(前編)

祖父の話をするとね。 祖父のいちばん凄いところは・・・。たとえば、ぶどうがあるとするでしょ?ぶどうをじいさんの小皿に置く。・・・するとその皿が全然邪魔にならない。よくわからないかも知れないけど、「邪魔にならない器の凄み」というのがある。

プロっていうのは、文章書く人でもカメラマンでもそうだと思うけど、どこかに自分の表現っていうのをなにかに入れたいと思うでしょ?何か自分という人間を表現しなきゃいけないから。もちろん、商売でそれを生業にしているわけだから何もなきゃダメなわけで・・・。だって、もし何も表現を入れなかったら、民芸品と同じじゃない?その辺のお土産とどこが違うんだよ?って言われかねないよね。だから、ちょっとしたところにたとえ自己満足でも0.1ミリ単位で自分の表現をしたがるんだよ。

でも祖父は違う。それがない・・・。何にもない・・・。

祖父の陶芸は、土をポン!と置いて、土が行きたいところまででやめちゃうんだ。 そこには作為ってのを入れないから、人間がそのまま土の中にスポッと入っちゃう。そんな仕事が出来る人っていないと思うよ。それが凄い。自分がそこに入れちゃう仕事の仕方。 祖父の器って『使いたくなる器』だとよく言われるんだ。飾っておきたいんじゃなくてね。「啓さんのとっくりに酒入れて飲んだら美味いだろうなぁ」とか、「この花を入れたらいいだろうなぁ」とか。決して美術品じゃない。やっぱり・・・器なんだよね。

実は、それに気付いたのはつい最近。ゾッとしたよ。偉大さとかじゃなくて、とにかく凄い人!人間が凄い!人間力が。僕らみたいに昭和30年代に生まれてボヤーっと過ごして来た人じゃないから、明治・大正・昭和という激動の時代を生き抜いて来て、日本の国家の礎を築いて来た人達でしょ。違うよ、なんか違う。根本的なものがね。

藤原啓記念館
昭和51年、喜寿を迎えた藤原啓は備前市から名誉市民の称号をうけました。この記念すべき年に、長年の夢がようやく実現。財団法人藤原啓記念館が設立され、人間国宝藤原啓の足跡ともいうべき年代毎の代表作品、および彼が影響を受けた古備前を一堂に集めて広く展示・公開し、備前焼の振興と文化の高揚に寄与することとなり現在に至っています。

この辺りは田舎だから昔は特に何にもないんだけど、お客さんが来たら近所でとれる食材で料理をお出しするという昔からの慣例が、たまたま藤原家では今も残ってるんだ。今からお出しするね。今回用意した料理も海の幸が中心かな。では、食の話は後ほど。

*次回の「賢人の食と心」も是非ご期待ください。
後編へつづく

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