自然と共に在る日本料理の心

愛媛県松山市の中心部、四国最大の城として知られる「松山城」のほど近くに、「あたご」はあります。今回、あたごさんをご紹介くださったのは、陶芸家の藤原和先生。先生曰く「ここのご主人が料理している姿や所作にふれる。この空間がなんともいえなくすきなんだよね。」―――普段、あたごのご主人は取材をお受けにならないそうですが、今回は久しぶりの訪問となる藤原先生にご同行させていただき、お話を伺うことができました。

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僕とあたごさんとの出会いは、うちの親父(藤原 雄)に連れて行ってもらった25年ほど前に遡るんだけど・・・初めてお邪魔したとき目に飛び込んできた、隅々まで行き届いた潔い清廉さに、ものすごく感動したんだよね。親父は、広島に用があって出かけた折にもわざわざ海を渡ってこの店を訪れていたほど、あたごさんが大好きだったんです。

石造りの壁を背に、真っ白な板前服のご主人が手際良く料理を完成させて行く。 食材と真摯に向き合うその姿は、凛として然、これまでのご主人の生き方を表しているようでした。

藤原先生(以下、先生):こちらにお邪魔するのは2年ぶり・・・ですかね。ここは最初僕が来たときから当時のままですね。
あたごご主人(以下、ご主人):そうですね。ここでは25年くらいです。

修行中の思い出と食材へのこだわり

ご主人:昔、わたしが料理の勉強で大阪に行っておりました頃、手伝いで岡山の「後楽」いう宿に行ったんです。10日間その宿に当時の天皇陛下が泊まられまして、お料理をお出しさせていただいたことですね。そのときは皇太子殿下(現在の天皇陛下)もご一緒に泊まられてましたんですよ。岡山にはそういう思い出があります。

あたごさんにはメニューがありません。そのときの旬な食材をご主人が厳選し、調理されたものをコースで出していただきます。

ご主人:ここから一時間ほどのところにうちの山がありまして。そこで柚子やらぬかご、栗なんかが採れるんです。それから、ワサビもこしらえています。そこは標高が5~600mあるので、ワサビが出来るんです。ワサビはご存知のとおり、育成するのが非常に難しくて水が大事なんですね。ワサビには沢ワサビと畑ワサビという2種類のワサビがあって、畑ワサビは畑でも出来るんです。畑の場合は根があまり太くならないので大体葉っぱを食べるのにこしらえとるんです。

まずお出しくださったのは、柚子の茶碗蒸し。その後、先付、フグのお刺身と続きます。

ご主人:クロメというのは、いわゆるワカメの種類になりますけど、大分の佐賀の関で採れたものです。そこのクロメでないとこれだけ粘りが出ませんですね。

先生:これ、黒豆ですよね。丹波の黒豆って言うけど、なんで丹波の黒豆っておいしいの?何か理由があるんですか?

ご主人:はい。この黒豆もこっちでこしらえとりますんですけども、同じ種でもやっぱり向こうの土壌・環境がいいですね。たとえば松山でも桃は沢山採れますが、岡山の桃は岡山でしか出来ないもので、やっぱりすばらしいです。 愛媛というところは食材に恵まれた土地で、岡山に似とりまして天災が少ないんです。うちの山でもですね、山菜がたくさん採れるんです。日本原産の山菜が(セリ、ミツバ、フキ、ワサビ、ウド、ゼンマイ、ヤマノイモ、ミョウガなどと言われている)全部出来るんです。ですから、もう日本の原風景というふうに自分で申してます。毎年、雪の少ない年でも雪が積もりましてね。多いときで20センチくらい。ツララも出来ます。高原野菜いうのはいいですね。

先生:これはフグですね。このタレは・・・?

ご主人:それは肝ダレでございます。生フグの湯引きですね。肝はハギ(カワハギ)の肝を使っています。これから旬でございますね。 岡山ではサワラをよく召し上がるみたいですね。

先生:うちも大体肝はサワラが多いですね。うちの辺りではカワハギのことをハゲっていうんだよ。メバルのことはメルっていうの。何でも縮めればいいってもんじゃないんだけどね(笑)


あたごの名前の由来について

ご主人:以前に八幡浜にあるあたごという店でずっとお世話になってたんです。で、その名前をつけさせて貰いました。

先生:うちの親父はこの店の事をずっと寿司屋だと思ってたらしいんだよ。こういうカウンターがあって、最初来たときに寿司を食わしてもらったからか、手帳には死ぬまで「あたご寿司」って書かれてた(笑)寿司屋じゃないんだよね。料理屋なんだよね。お寿司も出してくれるんだけどね。 お店の入り口に掛けられた木彫りの看板と、店内の壁に掛けられた同じ筆字の「あたご」の文字。それは、とても力強く印象的な字でした。

お店の入り口に掛けられた木彫りの看板と、店内の壁に掛けられた同じ筆字の「あたご」の文字。それは、とても力強く印象的な字でした。

ご主人:これは須田剋太さんのものです。松山で個展をされた際に来てくださってからのご縁でして、須田さんは司馬遼太郎さんと一緒に旅されまして、「街道をゆく」の挿絵を描かれた方です。非常に線の細い方で、あんまり食べることに興味のない方でした。雑炊のようなものが好みで、お酒も飲まれませんでした。あのオーバーオールいうんですかね、どこ行きましてもめでたい席であろうとなんであろうとそのスタイル一本でした。ほんとに物静かで大人しい紳士でした。そんなあの方にこれだけのエネルギーがあるのかと思うような、字や絵で本当にすごいエネルギーです。それで・・・何とかお願いして、カンバンを書いてもらったんですよ。それで、あの表の看板は高橋正治さんと言われる方に彫っていただきました。松山の書家の方なんですが、高橋さんはこの須田剋太さんを本当に尊敬されとりましてですね。それで、須田さんの字を彫ってくださったんです。

お料理は、鯖を使ったお刺身、煮物、焼き物と続きます。

ご主人:こちらはシメサバになります。

先生:辛子醤油で食べるんですね。

ご主人:はい。鷹の爪をちょっと炙って。この醤油はうちで調合したうえで炊いとります。以前に来てくださった女優の草笛光子さんが「醤油が美味しい。」と褒めてくださいました。この醤油は刺身、お寿司、漬物に使っております。あと、この醤油を温かいご飯にかけていただくと美味しいです。

ご主人:こちらは鯖の味噌炊きです。この辺のいわゆる田舎料理ですね。これも、こしらえた甘めの麦味噌を使っています。

ご主人:長いですよ、本当に・・・。印象といえば、雄先生は早いんですよ。食べるのが。わたしはこの仕事を50年しておりますけれど、あんなに早い方はおりません。ある時、なんでこんなに早いんですかって勇気を出して尋ねました。そしたら、「噛んどったらコンニャクになるんじゃ。」って・・・そんなお答えだったんです(笑)

先生:食べ物はなんでもそうなんだよね。親父は何でもずっと噛んでると味が一緒になって何やわからんようになるって言ってたなぁ。最初の感触と、あとは喉越しで味わいたい・・・みたいなね。 だから、うちの親父は「味はのどごし」だって言ってたよ(笑)

ご主人:藤原雄先生がこちらで展覧会があった時、3日間続けてうちに来て下さったことがありまして、3日間とも最初から最後まで全部料理を変えましたんですよ。そうしたら、3日目の帰りがけに一言「3日間違うもの、食わしてくれてありがと。」と褒めていただきましてですね。それがとても大きな記憶として残っております。それで・・・またうちにも遊びに来い言うて下さったんです。ですが、結局お元気なあいだによう行けなかったのがいまでも心残りでほんとうに残念に思っております。

先生:それはありがとうございます。

ご主人:だから、いちど岡山に和さんとこに行きたいなと・・・宿題として。こういう家内稼業ですからなかなか出れませんのですけれど。

カウンターの脇にさり気なく置かれた備前焼の花器と季節を感じさせる柿。藤原先生より、「この花瓶、親父(藤原 雄)の作品だよ。」と教えていただきました。この日の為にお出し下さったであろうご主人の心遣いに、また感動する藤原先生でした。

続いて、ハモ、寿司、最後は甘味で締めです。

ご主人:最後は、栗でございます。この栗も自分とこの山で採れたものです。この楊枝、クロモジ(黒文字)もそうなんです。これも自分で削りました。これは、先を削っておりますから香りを嗅いでいただいたら・・・なんとも言えん香りがするんですよ。


季節と旬の食材について

ご主人:うちで採れるといいますと・・・春はノカンゾウ(野萱草)が2月の末頃に出てきますね。これは天ぷら、味噌和え、おひたしにいいですね。それから、セリ、ミツバも出ます。春から5月の初めになるとウドが、それからフキですね。

先生:鮎のシーズンに来ると・・・フキとセットで、また絵図らが良いのよ。

ご主人:ここの、小田川の鮎がいいんですね。鮎はご存知のように川のコケをいただきますから、そのコケ次第で鮎の味が違いますね。それぞれの川によって味が違います。他にはアマゴもおりまして、ほとんど養殖して放流しとるんですけど。これはもう・・・ご存知だと思うんですが、ほんとに水が綺麗でないとダメですね。鮎はほどほどのところで獲れるんですが、ただやはりその辺りにいる鮎ですと・・・腹のにおいがもう・・・違いますね。

先生:そう考えると大昔の人は凄く美味しいものを食べていたのかも知れないですね。

ご主人:そう思います。やっぱり日本料理をやっていて思います。季節、素材を食べる・・・これが日本料理の基本だと思います。日本は季節があるから、魚にしましても野菜にしましてもくだもんにしましても季節ごとにいろいろな食材が味わえてほんとうに楽しいですね。

先生:季節感がなくなって、いつでも何でも食べられるというのはちょっと寂しいですね。

ご主人:はい、野菜にしましても、はしり、旬、なごりと3回・・・それぞれに味わいがありますから。魚にしましても、夏に美味しいのは冬も美味しいですね。鱧(ハモ)の場合でも、今の方が美味しいですね。梅雨から夏にかけて京都では祇園祭、鱧祭いうくらいですけれど、もちろんその時の鱧もいいですけれど、それからちょっとしますと子を持ちますから少し痩せて、それからちょっと休んで今頃からまた美味しくなります。いわゆる、脂が乗ってきます。鱧でも鯛でも生けすで1日か2日入れておくと、餌を食べんので身が締まってくるんです。・・・これが最高ですね。

ご主人が思うお料理とは

ご主人:わたしの言葉ではないんですが、日本料理の辻嘉一(つじかいち)さんがおっしゃっていた「食べやすく、気持ち良く、美味しく。」という言葉が好きなんです。単純ですけれど・・・食べやすく気持ち良く・・・もうこれだと思います。そういうふうに食べますと消化がいいですし、体にプラスになると思いますね。ですから、自分もこういう気持ちで、毎日清潔に掃除もしております。

先生:ご主人がそちらから見て、ニコニコ楽しく食べていただいている姿が一番・・・佳いですよね。

ご主人:はい、そうですね。それがやっぱり嬉しいですね。お客さんが一番の勉強ですね。すべてが教わりです。

今日は、カウンターのなかを舞台に、最高の役者と舞を特等席で拝見した思いです。おごそかで凛とした舞に、ついつい見惚れてしまいました。

先生:だから、カウンターのまわりだけは、なんの飾り気もいらないんだ。僕はそう思う。

ご主人:はい。最高の・・・舞台です。

■店舗情報:あたご|愛媛県松山市歩行町2-3-27|電話089-931-4575 ※ご来店の際は、事前にご予約ください。

*次回の「賢人の食と心」も是非ご期待ください。