トップ > 賢人の食と心 > 愛媛県松山市 あたご

自然と共に在る日本料理の心

あたごの名前の由来について

ご主人:以前に八幡浜にあるあたごという店でずっとお世話になってたんです。で、その名前をつけさせて貰いました。

先生:うちの親父はこの店の事をずっと寿司屋だと思ってたらしいんだよ。こういうカウンターがあって、最初来たときに寿司を食わしてもらったからか、手帳には死ぬまで「あたご寿司」って書かれてた(笑)寿司屋じゃないんだよね。料理屋なんだよね。お寿司も出してくれるんだけどね。 お店の入り口に掛けられた木彫りの看板と、店内の壁に掛けられた同じ筆字の「あたご」の文字。それは、とても力強く印象的な字でした。

お店の入り口に掛けられた木彫りの看板と、店内の壁に掛けられた同じ筆字の「あたご」の文字。それは、とても力強く印象的な字でした。

ご主人:これは須田剋太さんのものです。松山で個展をされた際に来てくださってからのご縁でして、須田さんは司馬遼太郎さんと一緒に旅されまして、「街道をゆく」の挿絵を描かれた方です。非常に線の細い方で、あんまり食べることに興味のない方でした。雑炊のようなものが好みで、お酒も飲まれませんでした。あのオーバーオールいうんですかね、どこ行きましてもめでたい席であろうとなんであろうとそのスタイル一本でした。ほんとに物静かで大人しい紳士でした。そんなあの方にこれだけのエネルギーがあるのかと思うような、字や絵で本当にすごいエネルギーです。それで・・・何とかお願いして、カンバンを書いてもらったんですよ。それで、あの表の看板は高橋正治さんと言われる方に彫っていただきました。松山の書家の方なんですが、高橋さんはこの須田剋太さんを本当に尊敬されとりましてですね。それで、須田さんの字を彫ってくださったんです。

お料理は、鯖を使ったお刺身、煮物、焼き物と続きます。

ご主人:こちらはシメサバになります。

先生:辛子醤油で食べるんですね。

ご主人:はい。鷹の爪をちょっと炙って。この醤油はうちで調合したうえで炊いとります。以前に来てくださった女優の草笛光子さんが「醤油が美味しい。」と褒めてくださいました。この醤油は刺身、お寿司、漬物に使っております。あと、この醤油を温かいご飯にかけていただくと美味しいです。

ご主人:こちらは鯖の味噌炊きです。この辺のいわゆる田舎料理ですね。これも、こしらえた甘めの麦味噌を使っています。

藤原和先生のお父様、雄先生との出会い

ご主人:長いですよ、本当に・・・。印象といえば、雄先生は早いんですよ。食べるのが。わたしはこの仕事を50年しておりますけれど、あんなに早い方はおりません。ある時、なんでこんなに早いんですかって勇気を出して尋ねました。そしたら、「噛んどったらコンニャクになるんじゃ。」って・・・そんなお答えだったんです(笑)

先生:食べ物はなんでもそうなんだよね。親父は何でもずっと噛んでると味が一緒になって何やわからんようになるって言ってたなぁ。最初の感触と、あとは喉越しで味わいたい・・・みたいなね。 だから、うちの親父は「味はのどごし」だって言ってたよ(笑)

ご主人:藤原雄先生がこちらで展覧会があった時、3日間続けてうちに来て下さったことがありまして、3日間とも最初から最後まで全部料理を変えましたんですよ。そうしたら、3日目の帰りがけに一言「3日間違うもの、食わしてくれてありがと。」と褒めていただきましてですね。それがとても大きな記憶として残っております。それで・・・またうちにも遊びに来い言うて下さったんです。ですが、結局お元気なあいだによう行けなかったのがいまでも心残りでほんとうに残念に思っております。

先生:それはありがとうございます。

ご主人:だから、いちど岡山に和さんとこに行きたいなと・・・宿題として。こういう家内稼業ですからなかなか出れませんのですけれど。

カウンターの脇にさり気なく置かれた備前焼の花器と季節を感じさせる柿。藤原先生より、「この花瓶、親父(藤原 雄)の作品だよ。」と教えていただきました。この日の為にお出し下さったであろうご主人の心遣いに、また感動する藤原先生でした。

続いて、ハモ、寿司、最後は甘味で締めです。

ご主人:最後は、栗でございます。この栗も自分とこの山で採れたものです。この楊枝、クロモジ(黒文字)もそうなんです。これも自分で削りました。これは、先を削っておりますから香りを嗅いでいただいたら・・・なんとも言えん香りがするんですよ。

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