トップ > 賢人の食と心 > 安田 暎胤 ご長老様(後編)

古都、平城京の風薫る世界遺産 薬師寺(後編)

飽食の現代に

食事は、腹八分目が良いですね。あるお医者さんは「腹八分目で医者要らず、腹六分目で老い知らず。」という方がおられました。わたしは外食をしたときに、見て食べきれないと思ったら持ち帰りさせてもらいます。または、最初から手を付けずに、裏で召し上がってくださいと言うようにします。だから、今はほんとに一度の食事の量が多すぎますね。米一粒でも食べなかったら勿体ないことです。高田管長はお呼ばれが多かったので、いつも折りたたみ式の入れものを持っていました。それで食べ切れなかったものは持って帰ってきて、弟子に食べさせていました。あのオードリー・ヘップバーンが、晩年にユニセフの親善大使になりましたね。彼女は若いときには反ナチス運動で逃亡生活をしておったんです。逃亡していると食べるものがなくて、飢え死にしそうになったときに見ず知らずの方からパンをもらって、それで命をながらえたそうで。生涯そのご恩を忘れないということで、貧しい子どもたちの救済に晩年は尽くしましたね。ある時パーティの席で、女性たちがバイキングを食べる姿を見ていると、勢いよく料理を取ってまだ半分くらい残っているのに次を取りにいく。それを見て、どこの先進国もみなそうだと。食べきれないほど持ってくるのではなくて、何故食べられる分だけ持って来ないのか。そして、余って捨てるようなものはバングラデシュに持って行きたいと思ったそうです。あちらでは、子どもたちがみんなパンが欲しいと言う。ある時、ひとりの女の子にパンを渡したら、その子が貰ったパンを半分に割ってわたしにくれようとした。そういう分かち合う心を持っている。・・・そんな体験をして、粗末にする食事の仕方に警鐘を鳴らしておられました。

自利と利他の心

人間には二つの心がありましてね、一つは自分だけ幸せになりたいという欲望と、もう一つは自分を犠牲にしてでも人を助けたいという欲望、いわゆる自利(じり)と利他(りた)の心が両方あるんです。で、どちらがいいかというと、もちろん利他は素晴らしく・・・素晴らしいんですけれど行動が難しく、そこに生きがいを感じる方もあるわけです。仏教というのは、そういう利他の精神を大いに発揮せよと、自我を捨てろということを強調するんです。でも、人間も動物ですからどうしても自己中心的な考えが働きまして、美しい心をさえぎってしまうんです。それが問題なんですけども。すべての宗教は何が良くて何が悪いかということがわかっているんです。イランに行ったときもホメイニ※ という人の本を読みましたら、「諸悪の根源は自己中心的欲望にある」と書いてありました。仏教でも同じだなと思いました。仏教は無我なりと申しますけども、自分を立てることを自我といい、そういう自我を捨てること、他人のために尽くすことが無我なんですね。そういうことで、分かち合う心、無我になる心を育てることが大事なことなんです。阪神・淡路や東日本大震災のとき、みなが助け合っていたように困った人がいれば救いたくなるのも人間なんですね。みんな良い心を持っているんです。それを仏の性質、仏性(ぶっしょう)といいます。だから、鬼の心と仏の心を両方持っているのが人間なんですね。それは、縁によって大きく変わるものだと思います。

※ ホメイニ・・・アヤトッラー・ルーホッラー・ホメイニー。1902-1989。イランの宗教家で、イスラム教シーア派の指導者。 1979年、イラン‐イスラム共和国の初代最高指導者となった。

わたしはいつも、感謝の心、慈愛の心、敬う心、詫びる心、赦す心。この5つの心を持ってもらうことを提唱しています。感謝の心というのは、誰もが皆幸せを求めて生きていますね。その幸せは、感謝する心に訪れるものだと。慈愛の心はさっき申し上げた利他の心です。そして、敬う心というのは、親を敬う、神仏を敬う、自然を敬う、友を敬う、子どもを敬う、六方礼拝もそうなんですが、敬いの心を常に持って接するということです。詫びる心は、人間は100%、完全じゃありませんから、失敗もしますね。その失敗のときに素直に自分の非を感じて先に詫びることが大事です。詫びる心というのは自分が謙虚にならないと出来ません。素直にならんと出来ません。 最後に赦す心ですが、法然上人(ほうねんしょうにん)の有名な話がありますね。法然上人が子どもの頃に、明石源内武者貞明がお父さんに夜討をしかけて殺害してしまうが、死ぬ前に仇討ちをするなと、お前は出家してわしの菩提を弔ってくれたらいいということを言って、法然上人は仇討ちをしなかった。報復の連鎖を断ち切ったわけです。そういうふうなこともあって法然さんは出家されたんですね。 赦すこと、詫びること、それらは大変難しいことではありますが、感謝の心、敬う心、慈愛の心とともにこの五つの心を持つということが、よい人間関係を保つためにもとても大切なことだと思っています。

境内のどこからか聞こえてくる笑い声。その声に引き寄せられて、東僧坊という広間を覗くと、そこには一人のお坊さんの話を、大笑いしながらも真剣に聞き入る大勢の学生達の姿が・・・。私たちがなにを身につけなにを残すべきか、今回の取材の意味を、その子ども達の笑顔に見つけたような気がします。
戦後、経済が発展した日本に「物で栄えて心で滅ばぬように」と警鐘をならされた、故高田好胤管長の「まほろば塾」の精神を引き継ぎ、安田ご長老を中心として設立された「薬師寺21世紀まほろば塾」。まほろばとは、優れた美しいところを意味します。日本の歴史と文化が育んできた日本人の「豊かで温かなこころ」を忘れないようにとの思いで、現在も薬師寺境内での活動のみならず全国各地で開塾されています。
お身体が万全でない中、長時間にわたり広い境内をご案内くださり、ご長老はわたしたちにたくさんの「利他の心」を与えてくださいました。冷たい風が吹く中、わたしたちが見えなくなる最後の最後までお見送りをしてくださった安田ご長老。その優しさに、本当に心が温かくなる思いがしました。
1300年という時を経てもなお未来をみつめる薬師寺は、この先も悠久の時を刻み、多くの人の縁と心をつなぐ「まほろば」であり続けることでしょう。

*次回の「賢人の食と心」も是非ご期待ください。
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