トップ > 賢人の食と心 > 和久田 哲也 様

世界が認める日本人シェフ 和久田 哲也

シンガポールのマリーナ・ベイ・サンズに出店

僕がシンガポールに「WAKU GHIN」というお店を作ったのは、昔からやりたいと思っていたことがあって、お客さんがこういう料理を食べたいというと、それに応えられるようなゆったりしたお店を作りたかったんです。「WAKU GHIN」は4つに部屋が分かれていて、お客さんの目の前で料理ができるように特殊な温度調整が出来る鉄板を作らせて置きました。お客さんのリアクションを見ながらできるという、そんな造りにしたんです。広さは1000㎡あるんですが、席は25席。スペースの贅沢というか・・・無駄という贅沢だと僕は思うんです。だから、お客様に料理だけではなく、ゆったりした空間も味わっていただきたいと思っています。 それから、「WAKU GHIN」のグラスには昔から好きだったバカラ※2を使いました。オーストラリアは器がもう一つなんです。規制があって、鉛が入っちゃいけないとか物凄く厳しいんです。良い器を使おうと思えば使えるけれど、120人分のコースを揃えようと思っても手に入らないわけです。座席数が120席だと、料理の数は2000皿くらい作るわけですよ。中華でシェアできるような料理と違って、全員の分を一皿一皿作りますから。だから、シンガポールの店の話があった時に、僕は最初やらないと言ったんです。でも、好きなようにしていいと言われたので25という座席数にしました。

※2 バカラ・・・フランスを代表するクリスタルガラスのブランド。30%の酸化鉛を含むクリスタルガラスは透明度が高く、軟らかい。持ったときの重量感とグラスを合わせたときの高い金属音はバカラならではと言われている。

僕のレストランに行けばコーナーにオリジナル商品があるんですが、それはうちで使っているものを商品にしていて、うちで一番有名になったのは牡蠣(カキ)のソースなんです。牡蠣にかけるドレッシングがあって、それをお客さんにプレゼントしていたんですね。でもその内それが出来ないくらいにオーダーが入ってしまって。そんなある日、デビット・ジョーンズ※3の方が来て「うちで売りたい」と言われたんです。その時に軽く「良いですよ」と言って牡蠣のソースを差し上げたのがきっかけで、商品を作るようになったんです。そうしたら「もっと商品がほしい」と言われて、うちで使っているものをそのまま作ってもらうようにしたんです。トリュフの塩という商品があるんですが、うちのは絶対に香りが飛ばないんです。そういう研究なんかもしたりしていますね。

※3 デビット・ジョーンズ・・・シドニーを中心に展開する世界の一流ブランドが並ぶ高級老舗デパート。

和久田さんがおもう「食育」

食育という言葉にすると何か難しいような気がしますが、やはり今の自分があるのも・・・我々の時代の母親っていうのは料理が上手だなと思うんですよね。お味噌汁ひとつにしてもちゃんと出汁を取っていたし。母は三重の生まれでしたので、お味噌はその地元のものを使っていましたね。食べることが好きな家族だったので、週末はあそこのお寿司が美味しいから食べに行こうとか。そういう子どもの頃に美味しいものを食べていなかったら、今のシェフとしての僕は存在しなかったと思います。味覚は子どもの頃に形成されると言われていますからね。「お腹が空いたからと言って何でもいいから食べる」そういう時代はもう終わったと思うんです。オーストラリアで「マスター・シェフ (料理人バトル)」という料理番組があるんですが、その中でジュニア・マスターという10歳や11歳の子が料理をして、僕もジャッジをしましたが半端じゃなく上手なんです。それでその子の親に話を聞いていたら、料理が大好きでとても仲が良いんです。子どもがとても小さい時から一緒にキッチンに立って、一緒に作っていたから自然に出来るようになったんですよって。でも、それって究極の食育じゃないですか。 美味しいものって例えば高級なフレンチを食べなきゃいけないっていうことではなくて、素材自体が良いものを食べるということだと思います。 僕は食べる情熱があって作る情熱が生まれると思うんです。もっと美味しいものを食べたいという情熱が良い食材探しにも繋がりますし。だから、僕はお店で美味しいものに出会うと「これどこで手に入るの?」って聞くんですよ。恥ずかしいと思ったことは一度もありません(笑)。

その柔らかな口調と穏やかな笑顔の裏に秘められた情熱と行動力こそが、数々のチャンスを導き、そして多くの人に愛される料理を生み出して来たのだと、これまでのお話しを伺いながら強く感じました。世界中の料理サミットに招かれ、オーストラリア政府から勲章まで授与された和久田さんですが、全く気取るところがなく、とても紳士で温かい人柄ということがその言葉や仕草から伝わって来ました。最後に、「お逢い出来て良かった。」と握手をしながらひとこと。和久田さんはそうやって人との出会いを心から大切にされてきたのだろうと思いました。オーストラリアに渡ってから30年。今日も料理と真摯に向き合う和久田さん。「おいしいものを食べたい。」、そして「ベーシックな部分は変えない。」、その2つのシンプルな想いと理念がオーストラリアのみならず世界に認められたシェフ「TETSUYA WAKUDA」の原点であり、哲学なのかも知れません。

(取材・文 島田優紀子)

*次回の「賢人の食と心」も是非ご期待ください。

食育大事典facebookページ
ページのTOPへ