トップ > 賢人の食と心 > 第11回「平常心是茶」茶の湯に宿る日本人の心(前編)

第11回(前編)

タイトル5

幼い頃から、お茶の家に生まれたのだからお稽古をしなさいと言われたことは一度もありませんでした。父からは嫌だったらやらなくて良いと常々言われていましたね。今となってはそれも作戦だったのだと思いますが(笑)。

現在は、母屋に隣接する江戸千家会館がお稽古場となっていますが、私が高校生になる頃までは母屋でお稽古をしていましたので、小さい頃はお茶をいただきにお稽古場に遊びに行くということもありました。金曜日には夜10時までお稽古をしているので、早く寝なさいと言われても下の階から人の気配がして寝付けなかったことを覚えています。そういう環境でしたね。

そのように、両親はお稽古場にいることが多かったですし、お茶会などで日曜祝日もいないことがあったのですが、晩ごはんだけは家族揃って食べようという暗黙の了解がありました。そして、食事の間だけは正座をしなさいと、お箸をきちんと使いなさい。これが我が家の数少ない躾だったのです。
ですから、それもあって正座が出来るようになりました。

お点前をしているとわかるのですが、正座はとても機能的なのです。きちんと座ると臍下丹田(せいかたんでん)に氣が入って、その氣が指先にまで満ちることによって上半身の動きが自由になるのです。
今は畳の部屋がない家に住んでおられる方も多くなりましたが、この正座の文化も残していきたいですね。

タイトル6

私に初めてお点前を教えてくれたのは祖母でした。祖母は、家にとっても私にとっても、なによりも流儀にとって特別な存在です。

祖父が終戦の前年である昭和19年に亡くなったとき、本来であれば長男である私の伯父が跡を継ぐはずですが、伯父は病弱で、徐々に体の麻痺が進行していく状況でした。その時、次男である私の父は15歳。戦争中は徴用として軍需工場で働かされ、戦後は祖母を助けて家の手伝いを担っていましたが、まだ年若く、そういった意味で祖父が亡くなったあと、江戸千家の道統を守ったのは祖母だったのです。

終戦時、祖母は40代半ばだったと思いますが、新幹線もない時代に女性一人で殺伐とした夜汽車を乗り継ぎ、江戸千家を守るために弘前・青森から九州各地まで東奔西走していました。

私は祖父にお茶を教わることは残念ながら出来ませんでしたが、そんな祖母から言われたことや教えてもらったお点前は鮮明に覚えていますし、祖母が守った江戸千家のお茶の心は、私の今に繋がっているのです。

江戸千家宗家蓮華菴公式サイト http://www.edosenke.or.jp/

ご流祖が江戸に伝えた千家のお茶は、伝統の上に創意工夫を重ね、今日まで脈々と受け継がれてきました。今では日本文化を学ぶために、日本人だけでなく多くの外国人も茶道の門をたたきます。日本人が失いつつある日本人らしさとは何かを考えるとき、お茶を学ぶことでそれが見えてくるかも知れません。 後編は、若宗匠の茶道に対する思いと茶道が現代の日本人に果たす役割についてお伺いします。

(2014年3月取材・文 島田優紀子)

*次回の「賢人の食と心」も是非ご期待ください。
後編へ続く

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