トップ > 賢人の食と心 > 第11回「平常心是茶」茶の湯に宿る日本人の心(後編)

第11回(後編)

茶道具について

掛軸

先にもお話いたしましたが、お茶会では多くの道具(茶道具)が使われますけれども、それらを一覧にしたものが書かれることがあります。それを会記(かいき)というのですが、本来はお茶会を催す亭主のための使用道具の手控えだった、あるいは招かれた客が今日のお茶会を後に振り返るための記録だったと思われます。

それが今日では書式も整えられ、場合によると席中に出されて客の回覧に供されたり、寄付(よりつき:本席に入る前の待合)に張り出されたりもするようになりました。その会記を見てみると、各々の行頭に「茶盌」「茶入」などという項目が記され、その下に今日使う道具が記されています。

そしてよく見ると、その行頭が上がったり下がったりしています。その意味は、道具には位があるということなのです。床(掛物、お軸)が一番高く書かれているのは、すなわち掛物が最も位が高い道具であるという意味になります。お茶席の床の間に掛けられる掛物の字は印刷したものなどではなく、茶道文化の護持発展に尽くされてきた先人や高僧、偉人などの筆による手書きですから、例えばそこに私どもの流祖不白の書いた掛物が掛かっていたとしたならば、そこには200年のときを超えて不白がいるということになるわけなのです。あるいは、そこに書かれている文言は禅の公案や経文の一節、またはそれらを典拠としている言葉であることが多いですから、仏様の言葉が書かれている、すなわち仏様がそこにいらっしゃるという解釈も時には成り立つわけです。

会記

そして、掛物の次にはお花を書きます。お流儀によっては先に花入がくることもあります。床の間は一段高くなっていますね。私たちが座っている畳よりも一段高いということは、すなわち、私たちよりも貴い存在がいる場所ということができるでしょう。ですから、「席入り」と言いますけれども、お茶室、あるいは和室に入る時には、正式にはまず床前に進んで扇子を前に置き、掛物に一礼をいたします。お軸を書いた先達、あるいは仏様ご自身がそこにいるのでその方にまず挨拶をするということですね。そして、そのあとお花にも挨拶をする。お花になぜ挨拶をするかというと、今日のお茶会のためにそのお花は命を落としているからです。そのことに対してお侘びとお礼の気持ちを表すのが最初にすることなのです。

道具類

このようなお話をしますと、茶道は細かい決まりがあって敷居が高いと思われる方もいらっしゃるかも知れません。 しかし、茶道には、書やお花、お香、陶磁器、漆(器)、金工、木竹芸、染織の裂地などといった伝統工芸。懐石料理、お菓子にお茶や、お能や礼法の所作にも一脈通じるような作法。あるいは和歌や俳句などをはじめとした文学、邦楽や能楽の謡といった音楽、日本や中国の歴史や故事来歴などといったいわゆる素養・教養。加えて日本の豊かな四季の移ろいに、動植物や自然・景勝。さらには「清め」とか「籠り」、「ハレ」とか「ケ」などといった民俗的な要素までもが含まれ、それらは茶の湯発生の源であるところの禅仏教を中心とした宗教儀式に端を発しつつ、日本古来の神道の思想を礎として成り立っていると思います。茶道に触れることによってそういう極めて幅広い日本文化を総合的に知ることができると思いますので、興味のあるところから取り入れて頂いて、平常の中にお茶の心を想う時間を設けて頂ければと思います。

茶道においてもっとも大切なことは、人が人を思う「思いやり」という日本人古来固有の世界にも誇るべき心のはたらきがその根底にあるという点でしょう。茶道に触れていただくことによって、そういった本来日本人が持っていたもの、持つべきものを今一度思い出すきっかけにしていただけましたら幸いです。

江戸千家宗家蓮華菴公式サイト http://www.edosenke.or.jp/

こぽこぽと湯気が立ち上るお茶室で、若宗匠の洗練されたお点前に見惚れていました。茶道の作法は、人に対するおもいやりの心が形になっているのだと改めて感じ、日本人として他人をおもてなしする際の一番大切な心を教えていただきました。 茶道の世界は本当に奥が深いものですが、自国の文化を知ることで日本人としての誇りを持ち、おもてなしの心をもっと上手に表現できたら。日本は物質的にも精神的にも豊かな国として、世界に素晴らしい文化を発信できるのではないでしょうか。

(2014年3月 取材・文 島田優紀子)

*次回の「賢人の食と心」も是非ご期待ください。
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