トップ > 賢人の食と心 > 第12回 中国料理界の重鎮が思う今の日本に必要な食育とは

第12回

今も料理人として成長の途中

このような環境で育ったので、子どものころは大人になったら絶対に調理師にはならないでおこうと思っていました。プロになってからも、私は向いてないなぁ、諦めようかなぁと思ったことは何度もあります。料理が本当に好きになったのは40歳を過ぎてから。それまではオーナーシェフとして店を経営しながら料理を作り、スタッフの指導などで気持ちに余裕がなく、自分の思う通りにいかなくて。実力もなかったから失敗もたくさん経験しました。30代でテレビやラジオにメディアデビューもしていましたから、うぬぼれもあってギラギラして、脂ぎった生意気な人間でした。家族や周りの人々にずいぶんと迷惑をかけたと反省しています。

ところが40歳を過ぎると急に目の前が明るくなり、料理がもっと楽しくなってきました。思い返すと、8歳から料理の世界で育ったおかげで今の私があると思います。父の言葉「門前の小僧は習わぬ経を読む」の通り、私の師匠は「龍潭」の厨房と両親の教育。日本と中国、2つの国の食の掛け橋になれたら幸いです。でも料理人としてはまだ未熟。未だに失敗することがあるし、もっと勉強しないといけません。まあ、包丁で手を切らなくなっただけ少しはマシかなぁ(笑)。

人柄がそのまま料理の味に表れる

母は店の味のご意見番。優れた味覚の持ち主人でした。特に台湾の郷土料理焼きビーフンの味には厳しかったですね。私が初めて母に褒めてもらったのは60歳のとき。「お前の焼きビーフンはおいしくなった」と言われたときはうれしかったです。ちょうどそのころお客さんに「程さんらしい味ですね」と言葉をいただいて、「どんな味ですか?」と聞くと「やさしい味や」と。

そのとき僕が思ったのは、料理は人間が作るから、作り手の人間性もそのまま味に出るということ。同じ材料で同じ料理を作っても、手のひらから出ているものも違うし、人によって自然と味は違ってくる。これが料理のおもしろいところですね。人にも食材にも優しく接することが大事。料理は正直です。 家でご飯を作るときはニコニコしながらやってほしいですね。鏡を見て、おでこのシワを横にすること。縦じわの寄った怖い顔ではおいしい料理はできません。幸せな気持ちで料理をすると味がワンランクアップします。

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