五島農園

スーパーでは「安全でおいしい」をうたった野菜たちが誇らしげに並ぶ昨今。有機栽培と記されたパッケージに目が留まる機会も増えました。何気なく口にする有機野菜たちは、どのように育ち店頭を飾るのか。ある有機農家を訪ねました。

五島農園

兵庫県神戸市西区玉津町二ツ屋(第4圃場)
兵庫県神戸市西区櫨谷町(第1,2,5,6,7圃場)
http://gotland-kobe.jimdo.com
2006年から有機栽培(JAS基準に基づく)による野菜づくりを開始。知人から借り受けた12aの畑を夫婦で耕すところからスタートし、今では91aもの農地を管理している。化学肥料、除草剤、化学合成農薬は一切使用しないことが基本。健やかに作物が育つ土づくりにも尽力しながら、20種類の野菜と米を栽培する。現在はそごう神戸店、西神そごうを始め、東京のデパートにも販路を拡大。品質の良さから、多くの消費者たちに支持を得ている。また、就農を希望する研修生も受け入れ、指導を行う認定農家でもある。

消費者が魅力を感じる唯一無二の有機野菜を

取材にうかがった8月中旬は、
夏野菜がそろそろ収穫を終える時期

近年、急速なブランド化が進む有機野菜。
けっして安価とは言えないものの、安心できる確かな栽培方法と味の良さから、買い求める人が増えています。

神戸市西区にある五島農園は、9年前から有機野菜の栽培に取り組み始めました。現在は兵庫県内や東京の有名デパート、自然食を扱うスーパーに出荷し、評判も上々。今では指名買いするお客さんもいるほど信頼を集めています。

雲間に日差しが照り付ける夏の盛り、圃場を訪ねました。区内の北と南に分かれて6か所あり、総面積は91a(9100m²)。その広い農地を五島さん夫婦と常勤研修生1人、不定期の研修生数名で管理しています。
「夏野菜の収穫は毎日やし、追肥や潅水、除草に追われるから休めないんだよ」と、日焼けした顔に汗がにじむ五島隆久さん。多忙ながら、その表情からは充実した毎日がうかがえます。野菜は鮮度が命と、一つ一つ大切に摘み取った後は手作業で袋詰め。かごの中で出荷の時を待つピーマンやオクラ、キュウリは艶やかに光り、みずみずしさを湛えています。
「もう収穫は終わりやけど食べてみて」ともぎ取ってもらったミニトマト。その濃厚な甘さに、思わず笑みがこぼれました。


名バイヤーを振り向かせる、うちの野菜はやり手の営業マン

五島農園の取引先はスーパーマーケットやデパートが中心です。通常なら卸売業者を通して全国へ出荷されるところを、こちらでは各店舗と直接やり取りを行い、フレッシュなうちに店頭に並ぶよう努めています。「朝採れのものをその日の夕方や翌日に届けるわけやから、そりゃあ他の野菜と味が違って当然」と胸を張る隆久さん。以前は60~70種類もの栽培を手掛けていましたが、大手との取引が増えるにつれまとまった量の野菜が必要に。現在は20種類まで抑え、中品種中量での生産を続けています。

品種は一般家庭の食卓で重宝されるポピュラーなものが主流。とはいえ、デパートなどでは珍しい野菜や季節外の野菜を求めるお客さんもいるはず。「もちろん、売り場の担当者さんはいろいろと希望を言ってこられますよ。できる限り応えたいという気持ちはあるけれど、有機農家として一番大事にしたいのは旬。季節に沿わない野菜や一般受けしないものは無理してまで作りません」とは、奥さんの敏子さん。これまで販路に困ったことがなく、自分たちの思いやスタイルを理解し、しっかりとお客さんへ届けてくれる取引先との関係も良好。それは、野菜自身が営業をしてくれているからだと隆久さんは言います。
「同業者には、野菜づくりは難しいけれど、野菜を売るほうがもっと難しいと言ってる人も多いよ。でも結局は、いいモノを作っていれば自然と販路は広がっていくんやないかなと思う。経験を積んでいる売り場の担当者は目利きもしっかりしているからね。僕が変に営業活動したときのほうが失敗しているかも(笑)」。

出荷量は今が限界で足りないほど。売り切れて棚が寂しいから何か野菜を持ってきてほしいと催促されることもしばしばだとか。「五島農園以外の有機ニンジンを並べたら、買ったお客さんからおいしくないとクレームが入った。次はいつ出荷できるの?と問い合わせが来ることもあるよ」。売り場から届くバイヤーたちの悲鳴は、五島さん夫婦にとってお客さんの反応を知ることができるうれしい声。野菜づくりの励みになっています。

野菜音痴から有機農家へ 人生の再スタート

小さな芽を出し始めていた
キャベツとブロッコリーの苗

今は有機農業について熱心に語る隆久さんも、かつては大手家具メーカーの営業マン。脱サラからの再スタートで、敏子さんいわく「始めたころは、ホウレンソウと小松菜の違いすらわからないほどの野菜音痴」だったそう。

敏子さんは昔から有機野菜の愛好家。隆久さんはもともと農業には興味があり、少年期の趣味でサボテンを栽培していました。庭に温室を作って60種類も育てていたというから、かなりの熱の入れようです。子どもたちが独立し、定年後の生活が頭をよぎり始めた50代初め。生涯現役で働ける仕事は何かとあれこれ考え、たどり着いた答えが農業でした。 「これからは良質なものが受け入れられる時代。農業も栄養価が高くてよりおいしい野菜が作れる有機農業やと。でも家庭菜園すらしたことがなかったから、就農に向けて本格的に勉強しないとと思ってね。兵庫楽農生活センター就農コースに入学したんよ」。そこで農業の基礎を学びながら、時代が求める有機農業の方法を模索する日々が続きました。

勉強を進めるうち、隆久さんは植物生理に基づく栽培方法を普及させようとしているジャパンバイオファームの代表・小祝政明氏の考え方に出合います。小祝氏は日本有機農業普及協会の代表も務める有機農業のパイオニアの1人。彼は、科学的な有機農業を実践することにより収穫高を上げていくBLOF(ブロフ)理論を提唱しています。
参考:一般社団法人 日本有機農業普及協会 http://www.jofa.or.jp/


健康な野菜を育てるには良い土づくりがカギ

ほんのり温かくミソや醤油のような
香りがするボカシ(発酵肥料)。

隆久さんの話の中で幾度か出てきた言葉があります。それは「ベースとなる土ができていなかったら、なんぼ上に積み上げてもいいモノはできない」。 土づくりは健やかな野菜を育てるための主軸です。作物を育てる土には、物理性(団粒構造〔有機物〕)、生物性(微生物)、化学性(肥料)が備わっていることが重要であり、その割合は7:2:1のピラミッド型で表現されます。「肝心なのは微生物の働き。微生物が有機物(アミノ酸肥料)を植物が吸収できる分子にまで小さくしてくれる。物理性があり生物性があって、その上に化学性があることによってはじめて植物は生存できる。この構造がしっかりできていなかったら、絶対にいいモノはできないよ」。化学的な理論に基づいたうえで気候の変動を読みながら作物を育てるという作業は、とても奥深いとしみじみ。

「健康な野菜は虫に食われず、生育が素直で栄養価も高い」という小祝氏の基本の教えを胸に、いつも畑に立つ隆久さん。秀品率(すべての収穫量のうち、出荷できる良品が占める割合)を上げるため、夫婦力を合わせて理想とする野菜づくりにまい進します。

緻密な土壌分析と栽培管理で野菜の秀品率95%へ

土壌分析の様子。抽出液に検査薬を入れると
瞬く間に色が変化していきます

隆久さんが作付け前に必ず行うという土壌分析。肥料設計をするために必要とされるその作業を見せてもらいました。 出てきたのは木の箱に収められた分析キット。中には試験管や検査薬など、理科の実験室にあるような道具が並んでいます。

隆久さんはまず、農地から採取してきた土に酢酸を注いで抽出液を生成。これを試験管に分け入れ、それぞれにアンモニアやカリなどの検査薬を加えていきます。すると抽出液の色が赤や黄に変化。試験管を機械にかけると、パソコン上に今の土壌の状態が表示されます。既存のソフトに測定値を入力すれば、作付けする野菜ごとに必要な肥料の種類や量までが一目瞭然。この方法に則ったうえで肥料の特徴を捉えてコントロールすると、野菜の味も自由自在に変えられるそう。「ニンジンの風味をよくするためには硫黄を多く入れるといい。セロリは与えた肥料に沿って思い通りに育つからおもしろいよ」。これほど緻密な作戦のもとで野菜が育てられているとは、目からウロコです。

五島農園の目下の目標は、野菜の秀品率を95%に到達させること。秀品率が上がれば出荷率も上がり、収益アップが見込めます。 「出来の良いときは、ニンジンで80%、大根が95%。抜いた大根が全部キレイにまっすぐで、すべて出荷できたときは気持ち良かったよな」。五島さん夫婦は顔を見合わせ、満足そうにニッコリ。小松菜やホウレンソウが95%を達成した年もあったそうで、虫や気候の影響を受けやすい葉物野菜で高い秀品率を得ることができるのは、農家にとっての誇り。 「95%を達成するには、土づくりと栽培管理がきちんとできてこそ。そのためには、苗もしっかり作らなあかんし、目標を達成できたときにはなぜうまくいったかを追求することも大事やね」。

自然を相手にする農業は、先が読めないのが常。一度成功したからといって、二度目も同じ方法でうまくいくとは限りません。経験から得た学びを細かくメモした記録帳は、隆久さんにとって何ものにも代えがたい宝物です。


今の若き新規就農者たちに思うこと

「オクラは午前中に花が咲き、それが
とってもきれい」と敏子さん

近年、若者たちの間で就農に対する熱が高まっています。五島農園でもこれまで、9人の研修生たちを受け入れてきました。そのほとんどがホームページを見て魅力を感じ、メールで申し込んできたといいます。1~2週間のトライアル期間を経て、相互がマッチングすれば1年間の研修がスタート。座学は一切なく、実務経験を積む中で技術や知識を身に着けていくスタイルです。出勤時間や退勤時間も研修生自らが決め、自己管理の元に学びを深めます。

「僕はこっちからいろいろ与えても身に付かんと思ってるタイプやから"見て学べ"がうちのやり方。どれだけ勉強できるかは自分次第やね。作業への強制もないけれど、農家の1年間のスタイルがどんなもんかを学ぶためには、僕らと同じサイクルで動かないとまずわからない。夜遅くまでかかる野菜の袋詰めに、最後まで付き合う子もいるしね。それは本人のやる気と意思に任せてます」。

卒業生たちの就農率は今のところ100%。けれども、学んだことを素直に実践している人は少なく、最初から我流を押し通そうとする人も。そんな姿に「最近の子はわからん」と疑問や歯がゆさを抱く隆久さん。 「僕やったらとりあえず覚えた通りに守破離の精神でやってみるのが手っ取り早いと思うけれど、今の農業を目指す若者はそうやないんやね。新規就農者支援制度に守られて、野菜が売れようが売れまいが安定した収入が入るやん。それがいいか悪いか、真剣さや必死さを感じないときがある。僕の場合は年齢的に遊んでいる暇はなかったし、自分で作った野菜はすべて売り物にせなあかんと夢中やったから。そのころの自分と重ねると中途半端やなあと思ってしまうんよね」。

倉庫の壁に貼られた1枚の紙。「真剣だと知恵がでる 中途半端だと愚痴がでる いい加減だと言い訳ばかり」。五島さん夫婦の農業に対するすべての思いがこの言葉の中に詰まっているようでした。

(2014年8月 取材・文 岸本 恭児)