トップ > 食育特集 > File.45(2)

特集メインタイトル

試行錯誤のハート型

現在のグリコ。昔から変わらずグリコーゲンが含まれています。一時期製造の都合で四角い形で販売されたこともありました。

グリコーゲン入りキャラメルを栄養菓子として売り出そうと本格的に動き出した利一氏。新しい商売の地を商都・大阪と心に決め、販売戦略を練り始めます。

まずはもっとも重要な名称。他社製品との差別化を図るため、あえてキャラメルの名を入れず、語呂と音の響きが良く覚えやすい「グリコ」としました。また飴の形状にもこだわりました。当時発売されていたキャラメル商品は四角形が主流。しかし口に含んだときに角があたるのが気になります。そこで利一氏は小さな子どもでも安心して食べられる舌触りの良いものをと追求。コロンと丸いハート型を思いつきました。ところが専門家たちは「ハート型のキャラメルなんてできるはずがない」と一様に否定的。その言葉に発奮し、独自に製造方法を編み出し機械を開発してハート型キャラメルを生産できるようにしました。

ちなみに江崎グリコの社員章には、発売当初のハート型が採用されており、利一氏のグリコに対する並々ならぬ情熱をうかがい知ることができます。

パッケージに込められた思い

発売当初のパッケージの中にはおもちゃではなく、花や人物を印刷した「絵カード」が封入してありました。

インパクトのある赤箱のパッケージにも利一氏の揺るぎない信念が込められています。家の近所にあった神社の境内で、たまたま子どもたちがかけっこをしている様子を目にした利一氏。子どもたちが両手を挙げてゴールする姿にヒントを得て、健康の象徴として商標に「ゴールインマーク」を立案しました。子どもたちの反応を知りたいと、象や花など他のマーク案とともに小学校で人気調査を実施。その結果、圧倒的な1位を獲得したゴールインマークを採用することにしました。

しかし、初期のデザインは「顔が怖い」と女性からは不評。柔らかな表情に描きなおすことに。その時に参考にしたのがオリンピック選手や著名なマラソン選手のゴールイン姿。すっかりおなじみとなった躍動感のあるマークはこうして生まれました。

グリコのもつ栄養価の高さを端的に表現した「一粒三百米突(ひとつぶ300メートル)」という惹句(キャッチフレーズ)が生まれたのも同じころ。利一氏が小学生時代に食べた大きな飴玉が、口に頬張ると佐賀から博多まで持つと言われていたことを思い出し、グリコ1粒のカロリーを計算してこの名フレーズが出来上がったのです。

最初は売れず大苦戦

創業当時のハート型ローラー。利一氏が幾度となく失敗を重ねてようやく形にした力作です

グリコを販売する準備を整えた大正10年、満を持して江崎一家は大阪へと移ります。葡萄酒業兼グリコの製造工場として合名会社江崎商店を設立しますが、キャラメル業界は大手メーカーが台頭し販路を切り開くのに四苦八苦。「赤い箱にグリコと書いてあるだけでは中身が何かわからない」と最初は思うように売れませんでした。

けれどもグリコに絶対的な自信を持っていた利一氏は諦めませんでした。商品価値を高めるには最も信用のある場所で売るのが一番と、百貨店に目を付けます。何度も何度も三越に足を運び、粘り強く交渉を続けたところ相手が根負け。大正11年2月11日にようやくグリコが店頭に並ぶこととなりました。その後は高島屋や大丸などにも置いてもらえるようになり、徐々に国民のお菓子として確固たる地位を築いていくのです。

江崎グリコでは当時の苦労と感謝を忘れないために、2月11日を創立記念日に定めています。

食育大事典facebookページ
ページのTOPへ