アレルギー疾患対策基本法の今と未来

日本では生活環境の変化やストレスなどのさまざまな要因から、アレルギー疾患に苦しむ人が増えています。アレルギー疾患は生活の質を著しく損ねるだけでなく、場合によっては重症化することもあり、けっして軽視することはできません。
アレルギー疾患対策のより一層の充実を目指し、アレルギー疾患対策基本法が成立して4年。近畿大学医学部附属病院 病院長・近大病院統括であり公益財団法人日本アレルギー協会理事・同関西支部支部長、一般社団法人日本アレルギー学会理事長の東田有智先生に、法律を取り巻く現状と未来についてうかがいました。

東田 有智(とうだ ゆうぢ)

1953年生まれ。1980年に近畿大学医学部を卒業後、近畿大学医学部第4内科研修医を経て助手として勤務。1991年には米国Mayo Clinic,Dep.Of Immunology(Prof.Gleich)に留学する。帰国後は近畿大学医学部第4内科講師・助教授を経て、2002年に同呼吸器・アレルギー内科教授に就任。2006年〜2008年、2012年〜2014年に近畿大学医学部附属病院 副院長を務め、2016年より近畿大学医学部附属病院 病院長・近大病院統括に就任。現在は公益財団法人日本アレルギー協会理事、同関西支部支部長、一般社団法人日本アレルギー学会理事長としても活躍。

日本人の国民病「アレルギー疾患」

今や日本人の2人に1人が気管支ぜんそく、アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、花粉症、アレルギー性鼻炎など何らかのアレルギーを持っていると言われる時代です。患者数はここ30年ほどの間でおそらく倍ほどになっているのではないかと思われます。この流れに歯止めをかけるべく誕生したのがアレルギー疾患対策基本法です。一般社団法人日本アレルギー学会が国に働きかけ、平成26年6月20に成立し、同6月27日に公布、平成27年12月25日に施行されました。

私は臨床の現場に長く身を置き、診療所や一般病院ではなかなか改善がみられない症状の重い患者さんたちを数多く診てきました。そのなかで感じる変化は、たとえば気管支ぜんそくでは、以前はあまり使われていなかった吸入ステロイド薬を使われている患者さんが、このところは多くなったということ。アレルギー疾患の診断や治療について記したガイドラインが地方の診療所などにも広く普及し、しっかりと定着してきたからではないかと思います。現在、アレルギー疾患はガイドラインに沿ってきちんとした治療を行えば、9割がたは症状のコントロールができるようになってきました。とはいえガイドラインだけではまだまだ不十分。医師たちはもっと専門知識と技能を磨き、経験を積むことが重要だと感じています。


地域間で広がる医療格差の問題

アレルギー疾患対策基本法は、重症化の予防、専門医とコ・メディカルの育成、研究の促進を目指し、アレルギー疾患に苦しむ患者さんたちがいつでもどこでも同じ治療が受けられるようにすることを目的としています。法律の背景には、アレルギー疾患医療や患者さんを取り巻く環境に、問題や課題が山積しているという現状があります。

その一つが地域間の医療格差です。都市部にはアレルギー専門医がいる病院はいくつもありますが、地方に目を向けると専門医の数はまったく足りていません。日本アレルギー学会に所属する学会員が約1万2000人で、学会が認定するアレルギー治療の専門医は4000人にも満たないほど。増え続ける患者さんのニーズに十分応えられるだけの人材が思うように育っていないのです。地方にはアレルギー科を標榜している診療所や一般病院もありますが、診療科名は自由標榜制。必ずしも専門医がいるとは限りません。

もしも今、通院している病院で症状が良くならず不安を感じていたり、医師の治療方針に不信感を募らせているなら、学会が認定したアレルギー専門病院・専門医ではない可能性もあります。アレルギー疾患は長い目で見た治療が必要だからこそ、患者さんと病院・医師との信頼関係は大切。思い切ってかかりつけの病院を変えることも、症状の早期改善に向けた一歩になるのではないかと私は思います。

拠点病院の整備が急務

アレルギー疾患の患者さんが全国どこにいても適切な治療を受けられるようにするためには、国や自治体の協力も不可欠です。そこで学会では、各都道府県にアレルギー疾患拠点病院の整備を急ぐよう呼び掛けています。アレルギー疾患対策基本法に基づき策定されたアレルギー疾患対策の推進に関する基本的な方針では、質の高い治療が受けられ、医療従事者の人材育成が担える拠点病院を各都道府県で原則1~2カ所程度選定するように定めています。その狙いは、拠点病院と地域の診療所や一般病院との連携を円滑に進めていくことにあります。がんの拠点病院は、診断から治療まで1カ所で完結させることができますが、アレルギー疾患の場合は患者さんの多さから考えると、すべてを拠点病院で受け入れることは困難です。症状の状態に応じて、拠点病院で診たり街のかかりつけ医に任せたりと、臨機応変に対応できるよう体制を整えることが目標です。しかし、今のところ拠点病院は全国にまだ17カ所(平成30年7月末現在)しかありません。地域によって意識や取り組み方に温度差があるのが現実です。今後は学会からのより強い働きかけが必要だと感じています。


誤った情報に惑わされないで

今はインターネットや雑誌、テレビなどにアレルギーに関する情報があふれています。患者さんのなかには専門医のいる病院を自ら熱心に調べて来院する人も多く、当院にも大勢来られています。けれども、世の中に流れているすべての情報が正しいというわけではありません。また、どの情報が正しくてどれが誤りかを患者さん自身が判断することも難しいでしょう。気軽に情報を得られ便利になった反面、情報がありすぎることがかえって正しい治療と患者さんを遠ざけてしまうこともあるのです。

誤った情報が一人歩きしている例が、アトピー性皮膚炎の治療に使われるステロイド外用薬についてです。薬には主作用と副作用があり、ステロイド外用薬も適切に使用しないと副作用を引き起こすことがあります。しかし、薬を上手にコントロールすれば副作用を誘発せず症状を軽減することが可能。必要以上に怖がることはないのです。

ところがインターネットなどでは、ステロイド外用薬のネガティブな面にばかり焦点が当たっています。こうした情報を鵜呑みにし、ステロイド治療を嫌がる人も少なくありません。医師も「私はステロイド外用薬を使わないで治療を行います」とうたったほうが、患者さんが集まってくることを知っています。利益を優先して表向きはかっこいいことを言っていても、ふたを開けてみるとエビデンス(科学的根拠)がはっきりしていない治療を行っているところが、実はいくつもあるわけです。ステロイド外用薬以外の選択肢として非常に高価な薬もありますが、継続した治療を行っていくうえで現実的とはいえません。薬の副作用を恐れ不確かな治療を選ぶことは、症状のさらなる悪化を招く恐れがあります。エビデンスのしっかりした治療で、速やかに治すことを優先してください。

自己判断せず継続した治療を

アレルギー疾患は長い目で焦らず治療を行うことが大事ですが、なかには少し症状が良くなると自己判断ですぐに治療をやめてしまう患者さんがいます。高血圧を改善させる薬は1日飲まないとすぐに数値が上がり、命に危険が及ぶと患者さんたちは周知しているので、自ら服用を中止しないでしょう。ところがアレルギー疾患の薬は、飲まなくなったからといってすぐに体に影響が出るわけではありません。たとえば炎症を抑える気管支ぜんそくの薬は、服用をやめて1カ月が経っても症状が安定しているケースもあります。とはいえ油断は禁物。治ったと安心していると突然再発し、それを繰り返しているうちに改善が見込めなくなることもあるのです。

体の内側にこもったものはそう簡単には治りません。できるだけ症状が軽いうちから病院にかかるほうがよいのですが、アトピー性皮膚炎の場合では、顔など目立つところに赤みが出ている女性は人目を気にして外出を嫌がり、病院に行かない人もいます。放置すれば症状の悪化は避けられません。アレルギー疾患を克服するためには、信頼できる医師のもとで早期に治療を始め、継続して行うことが何より大事です。担当の医師が「もう大丈夫ですよ」と太鼓判を押すところまで根気強くがんばりましょう。


専門メディカルスタッフの活躍にも期待

日本アレルギー学会ではアレルギー専門医の数を増やす活動に注力すると同時に、専門医の能力のレベルアップを図っていくことも大事だと考えています。加えて、積極的に取り組みたいのが、アレルギーの専門知識を持った看護師やコ・メディカルの育成。現在は小児アレルギーエデュケーター(PAE)と呼ばれる日本小児臨床アレルギー学会が認定する専門メディカルスタッフの資格がありますが、かなりの経験と知識が必要とされ、資格取得までの道のりは難関。高すぎる壁がネックとなり、有資格者が増えないことに私たちは頭を抱えていました。

今後はアレルギーインストラクターと名称を変更し、資格取得までのハードルも今よりは下げ、小児に限らず幅広く活躍できる専門性の高い人材を育てていく予定です。今年度中には具体的な教育プログラムを作成し、実現化に向けて少しずつ動き出すでしょう。確かな知識を持つメディカルスタッフが1万人ほど育ち、現場で活躍してくれることで、アレルギー疾患医療全体に良い流れが生まれることを期待しています。

その先に目指すのは治癒。重症化の予防も含めて力を尽くせば、入院患者を減らすことができ、医療費の削減にも結び付くはずです。医師、看護師、コ・メディカルで力を合わせ、国や自治体の協力も仰ぎながら、一人でも多くの患者さんたちを救っていきたいと思います。

家庭でできるアレルギー対策

子どもがアレルギーかもしれないと悩んでいるお母さんたちもいることでしょう。疑いを抱いたときにまずすべきことは、本当にアレルギーかどうかを専門医がいる医療機関で調べ、明らかにすることです。その結果、たとえば食物アレルギーと診断を受け、アレルゲンが特定されたとしても、悲観することはありません。早期に専門医のもとで適切な治療を受ければ、アレルゲン食品が食べられるようになる可能性も高いのです。

アレルギー疾患の原因は人それぞれですが、症状の軽減や予防のために家庭でできることをアドバイスするなら、住空間を常に清潔に整えることです。こまめに掃除することを心がけてください。床はフローリングにして、ほこりやダニの温床となるじゅうたんやラグは敷かないことをおすすめします。ぬいぐるみや観葉植物もほこりがたまりやすいので、室内に置くことはやめましょう。また、ペットが引き金となってアレルギーを発症する人もいます。動物の毛に問題があると思われがちですが、主な原因は毛ではなくフケ。シャンプーをしない猫やうさぎ、モルモットなどはアレルギーの原因になりやすいといえます。幼少期の接触はできるだけ避けてください。生活環境を見直すことがアレルギー疾患を遠ざけることにつながります。

(2018年8月取材・文 岸本恭児)