オリバーソース

食通たちのバイブルともいえる「ミシュランガイド」。2016年関西版にはビブグルマン(コストパフォーマンスによる評価基準)に、大阪のお好み焼き店やたこ焼き店など「粉もん」が選ばれ話題となりました。粉もんは関西の食文化が育んだ自慢の味。そのおいしさを引き立てるのがソースです。

オリバーソース株式会社

兵庫県神戸市中央区港島南町3-2-2 078-306-6300
http://www.oliversauce.com
1923年にオリバーソースの前身となる「道満調味料研究所」を道満清氏が神戸に設立。自社製ソースの研究・開発・製造・販売を行いながら、イギリス産ウスターソースの輸入・販売を始める。その後、空襲で工場が全焼したものの再建し、1948年に世界初の濃厚ブラウンウスターソース「オリバーとんかつソース」を発売。世代を超えて愛されるロングセラー商品となる。さらに1993年には看板商品の一つである「どろソース」の販売を開始。1995年に起きた阪神・淡路大震災では本社社屋と工場が全焼し、神戸ポートアイランドに移転。その後も躍進を続け、ソースの街・神戸を長年けん引してきたメーカーとして、現在も新商品の開発に力を注ぐ。

関西人が愛する調味料

オリバーソースで製造されている商品がずらり。これはスーパーの一般的な陳列棚をイメージしているそう。

たこ焼きやお好み焼きに代表される「粉もん」は、関西人のソウルフード。おやつとしてだけでなく、お昼ごはんや夕食のメインとしてもたびたび登場します。各家庭では専用の鉄板を常備。親から子へ引き継がれた味を、テーブルを囲んでみんなでワイワイ作って食べるのが関西らしい食卓の一コマです。そんな粉もんになくてはならないものといえばソース。アツアツに焼き上がったところへ自分好みのソースをたっぷり塗ると、鉄板がジュー。湯気とともに立ち込めるスパイシーで芳醇な香りがたまりません。フウフウ言いながら頬張る瞬間は至福の時です。

野菜や果物のうまみが数種類のスパイスと溶け合ったソースは、1本で味をまとめてくれる調味料界のオールラウンダー。関西では粉もんだけでなく、天ぷらや目玉焼き、サラダ、カレーなどあらゆる料理に回しかける人も多く、幅広い世代に愛されてきました。

ソースはハイカラな味

オリバーソースの2大看板である「とんかつソース」と「どろソース」は、どちらも発売当初から多くの人にインパクトを与えました。

ソースといえば今では多様な種類を指しますが、日本におけるソースの元祖と言えるのがウスターソース。私たちの舌に最もポピュラーな味はイギリスが発祥で、1800年代にウスターシャー州のウスター市という街で生まれています。日本に伝わったのは江戸末期から明治維新にかけて。パンやケーキなど西洋の食文化の伝来とともにやってきました。特に外国人が多く住んでいた神戸では、洋食の普及によってソースも広がり、洋食店が「西洋の醤油」としていち早く取り入れたことから、日本人にも知られるようになります。ところが、ウスターソース独特の酸味やスパイシーさが、味噌や醤油といったうまみの強い調味料を好む人々の間にはなかなか馴染みませんでした。食卓に行き渡るようになるのは昭和に入ってから。コロッケやとんかつが当たり前のようにテーブルに並び、和から洋へと食生活がガラリと変わったことや、日本人の口に合うよう各メーカーが味に改良を重ねたこともあって、ウスターソースは一般家庭へと広がっていきます。


業界の老舗「オリバーソース」

世界初の濃厚ブラウンウスターソース「オリバーとんかつソース」を発売したころの様子。セピア色の写真に歴史が刻まれています。

昔からソースを愛する神戸の人々は1世帯当たりの購入数量も多く、広島、岡山に次いで全国3位(平成24年~平成26年平均 経済省統計局調べ)。家庭ごとにひいきの「地ソース」を持っていることも珍しくありません。神戸でオリジナルの味を守るソースメーカーは、大手から家族経営の小さな工場も合わせると現在7社。なかでも神戸を代表するソースメーカーと言われるのが、オリバーソースです。

オリバーソースは1923年より続く関西の老舗メーカー。大阪の醤油醸造蔵「難波醸造」の次男だった道満清氏がソースの可能性に着目し、神戸で独立。「道満調味料研究所」として創業したことに始まります。当時はイギリス産ソースの輸入・販売や自社製ソースの研究・開発などを行っていた同社。創業時は道具も試行錯誤し、実家の醤油樽を使ってソースを仕込んでいたというエピソードも。研究を続けていくなかで製法に磨きをかけ、1948年には世界初の濃厚ブラウンウスターソース「オリバーとんかつソース」を開発します。粘度を持ち、やや甘みのあるとんかつソースの登場は、人々に新鮮な驚きを与え、ウスターソースが主流だった日本のソース業界に旋風を巻き起こしました。

とんかつソースの誕生

とんかつソースからお好みソースが生まれました。

大きな反響を得たとんかつソースは、どのようにして誕生し、認められていったのでしょうか。知られざる裏側を、オリバーソース総務課の津田朝徳さんにうかがいました。 「当時はウスターソースが浸透していて、コロッケやとんかつなどにもかけて食べていました。でもカラッと揚がった衣がおいしい料理では、ウスターソースをかけると浸み込み過ぎて、せっかくのサクサクの食感が失われてしまいます。それならウスターソースの粘度を高めて衣の上に乗るようにすれば、よりおいしく食べられるのではないかと。そんな発想から開発が始まりました」。

発売すると市場の反応は大きく、時代の追い風を受けたとんかつソースは、いつしかお好み焼きやたこ焼きにかけても抜群と評価されるように。「関西風の粉もんにはもともと生地に薄く下味が付いているので、仕上げに醤油をさっと塗ったりかつおを振るだけでも十分満足のいく味にできていました。そこへとんかつソースのような濃厚なソースが登場したことで概念が覆され、これなら生地の上にうまく乗るし、味も良いということで受け入れてもらえたのでしょう。自社のとんかつソースが関西のお好み焼きやたこ焼きの文化をさらに開花させたんじゃないかと私たちは思っています」。


熟成こそ味のポイント

本社工場の内部。写真右奥に見えるのが、ソースを熟成させているタンク。敷地内にはこのようなタンクが大小たくさん並んでいます。

とんかつソースの成功を足掛かりに、オリバーソースではお好み焼きソース、たこ焼きソース、焼きそばソースといった食品別の専用ソースを次々と発信していきます。どのソースも基本的な作り方は同様で、最大で5000Lは製造できる大きな釜に野菜や果物、スパイス、砂糖、酢などを加えて煮込んでいきます。大きく違うのは、濃厚ソースには原材料にでんぷんをプラスし、とろみをつけているという点。またウスターソースは、すぐにボトルに詰めず、炊き立てをタンクや樽の中に入れて最低3か月は寝かせるという熟成と呼ばれる工程をたどります。この熟成こそ、オリバーソースならではのおいしさを生み出す最大のポイントと話す津田さん。「作り立てのウスターソースはなめらかな液体ではなく、野菜ジュースのように原材料の皮や繊維が混じって口の中でざらつき感があります。しばらく置いておくとタンクや樽の底に澱(おり)が溜まり、さらさらとした液体とに分離していきます。これを沈殿製法と言うんですが、その液体部分の上澄みが、みなさんがよく知るウスターソースになっています」。

工場内に人影は少なく、製造ラインはオートメーション化。品質管理室では、商品の安全や品質を守るために人間の厳しい目でチェックしていきます。

さらに熟成は、味にもうれしい変化をもたらしてくれます。出来立てのソースは香りが立って華やかさはあるものの、原材料それぞれの個性が際立ちすぎて味にまとまりがありません。まろやかさに欠けるのも難点です。でもしばらく寝かせておくと、スパイスの香りや酸味がバランスよく調和して、うまみやコク、まろやかさも引き出されていきます。熟成はボトリングし、店頭に並んでいる間もじわじわと進んでいるそう。ただし、一度開封して空気に触れてしまうと止まってしまいます。「苦みが出たりもするので、開封後はできるだけ早く食べきってくださいね」。

発想の転換が生んだどろソース

どろソースは香りが高くスパイシーで、パンチのある辛さを好む人向け。より刺激を求める人には辛さ5倍もあります。

釜炊きや沈殿製法、熟成を重ねるオリバーソースのソースづくりは、イギリスでウスターソースを手掛けていたOliver社の製法を受け継いでいます。大手メーカーが効率化を進めていくなか、多少の手間とコストがかかってもクオリティの高い味を求めたいと、昔ながらの技法を大事にしてきました。そんなこだわりが、新たな商品「どろソース」を誕生させることにつながります。どろというネーミングは、澱のどろどろとした見た目から名付けた社内での呼称。その名の通り、ウスターソースの熟成時に発生する澱を活用してつくられています。上質なウスターソースをつくるため、素材の量を増やせば増やすほど自然と増大してしまうどろ。その処分にはずっと頭を悩ませていました。しかしあるとき発想を転換。利用する方向へ活路を開いていったところ、素材のエキスがぎっしり詰まり辛味が凝縮された商品・どろソースへと結びつき、1993年から本格的に販売を開始。辛さの効いた個性的な味わいやインパクトのあるネーミング、そばめしブームの到来により注目され、今では関東にも進出。広く親しまれています。


震災を乗り越えた味への思い

長期熟成の底力を伝えるクライマックスソース。パッケージにも工夫を凝らし、ブルーのボトルが見た目にも華やかです。

オリバーソースの味を支える沈殿製法と長期熟成。この伝統製法への思いは、1995年に起きた阪神・淡路大震災を機に一層深いものとなりました。それは「クライマックスソース」という商品に強く反映されています。実はクライマックスソースは震災以前からあり、ワインやレモンなどをブレンドした高級路線で売り出されていたものでした。震災時、神戸市兵庫区にあった本社や工場は、7棟のうち3棟が全焼。4棟めにも火が入って使えない状態で、出荷するはずだった一升瓶が大量に割れ、辺り一面がソースの海のようになっていました。

悲惨な状況下で、かろうじて焼け残ったタンクの中に入っていたクライマックスソース。大事に保存し熟成を進め、それをベースに新たにブレンドし、震災10年、15年、20年と節目の年に限定商品として発表してきました。さらに、震災前のクライマックスソースを長期熟成していく過程で、熟成の真意を追究。その結果、ウスターソースは3年間熟成させた状態が味・香りともにピークと打ち出し、知識と技術を集約させた「オリバークライマックス3年仕込み」が完成します。厳選した国産の野菜や果物を使いリッチな味わいに仕立てたことで、ソースの新たな可能性を切り開きました。

こちらは商品開発室。ちょうどソースの試作の最中でした。こうした地道な努力を重ねてヒット商品は生まれます。

震災後は数カ月間の営業停止を余儀なくされた同社。津田さんは辛かった当時の記憶をたどります。「ちょうどお好み焼きソースとどろソースが売れていた時代で、スーパーにもどんどんと卸していたとき。でも工場がストップして生産能力が落ちてしまったことで、他社製品に棚を譲ることになってしまって。2年後に新しい工場ができて環境が整ったとき、すぐにまた棚を取り戻せると思っていましたが、現実はそんなに簡単ではありませんでした」。会社のピンチを救ってくれたのは、オリバーソースの味を変わらず愛してくれたお客さんたち。スーパーに足を運んで指名で買ってくれる個人客や付き合いの深い飲食店に支えられて復活を遂げます。このときこそ、自社のソースの実力を痛感させられたことはないと話す津田さん。「舌が覚えた味は強く刻まれ、簡単には忘れられないものなんですね」。

ソースの万能力を活用

醤油やだしを加えて和の要素を高めたソースも登場。「揚げものソース」は本枯鰹節の風味が芳醇で、天ぷらにぴったり。

いくつものスパイスが味に深みを与えるだけでなく、程よい刺激が食欲を増進させて消化を促してくれるソース。健康を意識する人たちの間では密かに注目されています。まず、原材料に油を使っていないので、マヨネーズと比べるとカロリーが控えめ。たとえば、キャベツなどの生野菜にソースをかければ、マヨネーズの約6分の1、フレンチドレッシングの約3分の1に抑えられて低カロリーに一役。醤油よりは塩分も少なめなので減塩効果が期待できます。さらに、トマトやニンジン、タマネギ、リンゴといった野菜や果物をたくさん使ってつくられているため、ビタミンやミネラルもたっぷり含有。味がしっかりしている分、少量で満足できるのもソースの魅力と言えるでしょう。揚げ物や炒め物にただかけるだけでなく、調理に用いてもその実力を存分に発揮。ソースを使ったアレンジレシピを津田さんに聞いてみました。

「私のイチオシはから揚げ。どろソースに鶏肉を漬け込んでから衣を付けて揚げると、スパイシーでお酒のおつまみにぴったりです。もう1つのおすすめは鶏の照り焼きですね。」これにはしょうゆとソースの風味を"いいとこどり"したオリバーソースの自信作「しょース」がベストマッチなんだそう。「鶏肉をフライパンで炒めたところにしょースを加え、さらに加熱すると、ソースの酸味が飛んでしょうゆのうまみが押し出されます。これが抜群においしいんですよ」と太鼓判。

ただかけるだけでなく、混ぜたり漬け込んだり隠し味にしたり。工夫次第で普段の料理を手の込んだ味に仕上げてくれるソースは、主婦の強い味方と言えますね。

(2015年10月 取材・文 岸本 恭児)