PRANA(プラーナ)-前編-
大阪・北堀江。オシャレなカフェやショップが並ぶエリアに、人気を集めるマクロビオティック料理教室「PRANA」があります。大地からの恵みに感謝し、素材を慈しむ料理は、食べる人の心身を整え、人生も変えると、代表の池田あゆみさんは言います。
PRANA マクロビオティッククッキングスクール
オープン14年目を迎えたマクロビオティック料理教室。代表の池田あゆみさんが掲げるコンセプトは「おいしく、楽しく、気持ちよく」。日本の伝統食に基づき、心と体を大事にする健やかな食卓をサポート。豊かな恵みに感謝する心も育み「心地よい暮らし」へと導く。受講生の多くがリピーターで、男性にも人気。漆喰壁に国産木を用いた無塗装のテーブル、床下には備長炭を敷き詰め、アレルギーを持つ人も安心して受講できるよう環境を整えている。
大阪市西区北堀江1丁目17番1号 cor 1F
06-6536-5433
https://cafeprana.com
「玄米菜食だけ」という情報は誤解
池田さんの提案するマクロビオティック料理は、ストイックなイメージを覆す多彩な味と色どりが魅力です。
畑の旬を集めたお総菜の数々、みずみずしいイチゴがデコレーションされたケーキ。大地からの恵みを慈しみ作られた料理は、盛り付けにもこだわり色鮮やか。食材たちの喜ぶ声が聞こえてくるようです。これらはすべて、自然栽培の野菜やオーガニック食材を用いたマクロビオティック料理。池田あゆみさんが主宰する教室「PRANA」で学ぶことができます。
一時のブームも落ち着き、身近なものとなったマクロビオティック。しかし一方ではまだ、制限が多くて堅苦しいというストイックなイメージを持つ人もいます。
「マクロビオティックは玄米菜食でなければいけないと思われる人もいるようですが、それは大きな誤解。実は何を食べてもOKです。私自身も毎日玄米や野菜ばかり食べているわけではなく、イタリアンや中華料理など外食も普通に楽しみますよ」と笑う池田さん。すべての命に感謝して、バランスよく何でもおいしくいただくこと。その先に体と心の健康があり、健康になって自分らしく生きることこそマクロビオティックの本質だと言います。
生い立ちがマクロビオティック
池田さんは佐賀県出身。夏になれば蛍が飛び交う、手付かずの自然が残る地で育ちました。父親はサラリーマンをしながら、自宅のそばにある畑で無農薬野菜を栽培。母親は採れたての野菜をアレンジし、添加物を使わない食事を手作りするという家庭。物心がついたころから、日常がマクロビオティックだったと話します。
「母はそもそも肉や乳製品が苦手。食卓には毎日、畑で採れた野菜と豆、海藻の料理が並んでいました。私たちきょうだいのおやつももちろんホームメイド。ラーメンやスナック菓子、ジュースが家にない幼少期を過ごしました。冬は大根を干して切り干し大根を作ったり、夏は梅干しを仕込んだり。春になったらカゴを背負って、母と一緒に山へ山菜を採りに行ったりもしました。どの山菜が食べられるか、どうやって調理したらおいしいかなどを、山菜を摘みながら母から学んだものです」。
地球環境へ優しい心を持つことも、母親から教えられました。鉛筆はナイフで1本ずつ丁寧に削って使い切り、ティッシュはガーゼで代用。清らかな飲料水を確保し動物たちの命を守るためにも河川や海を汚してはいけないと、市販の洗剤やシャンプーは選ばず、母親が手作りした水に戻る石鹸を使う徹底ぶり。
「営みのなかで、人間も自然の一部であることを学ぶ日々でした」。
一人暮らしで心身に歪み
大学進学をきっかけに、大阪で一人暮らしを始めた池田さん。ほどなく、自分の育った環境が“異端”だったことを知ります。食についてはカルチャーショックの連続。一番に困ったのは水でした。
「佐賀で暮らしていたころは井戸水を使い、水道水とは無縁。それが一変して、水道水の生活でしょう。塩素でお風呂はプールみたいな臭いがするし、レストランでも出された水が飲めなくて。まだペットボトルのミネラルウォーターやお茶がない時代だったので、飲めるものを探すのにずいぶんと苦労しました。一人暮らしをするまでは、スーパーで野菜も買ったことがありませんでした。実家では、野菜は畑で収穫し調理する暮らしに慣れていたので、旬のものを食べるのが普通。ところが大阪のレストランでは、冬でもサラダにトマトやキュウリが入っているじゃないですか。今の時期に採れるわけがないのに何で?と驚くと、一緒にいた友人がもっと驚くんですよ。これが普通じゃないの?って。都会の野菜は香りがしないと母に愚痴をこぼすと、農薬や化学肥料を使っているからだと。スーパーの野菜にはどうしても慣れなくて、結局、毎週実家から送ってもらうようになりました」。
食への敏感なアンテナが働いたのもつかの間。大学生活の楽しさに流され、池田さんの食生活に変化が訪れます。ポテトチップスやカップラーメンのケミカルな味を知り、焼肉に目覚め荒れ放題。その代償は、少しずつ心身に現れていきました。
愛犬が教えてくれた食の重要性
「毎朝スッキリ目が覚めたり、排便があるだけでありがたいと思えるようになる。食を整えると日々の営みの中で自然と感謝の気持ちが生まれるようになります」
「19歳で不眠症を発症し、睡眠薬がなくては眠れない毎日。20歳になるとメニエール病を患い、23歳で卵巣腫瘍と診断されました。じんましんに悩まされ、躁鬱状態にも陥り、親元を離れてわずか7年で体も心もボロボロになってしまったんです」。
そのころ飼っていた犬もまた、池田さんと同じように病気に苦しめられていました。アトピーのように皮膚がただれてしまい、目は真っ赤。どうにか治ってほしいと高級なドッグフードを与え、動物病院でもらった薬を塗り、シャンプーも高いものを選び必死で改善に努めました。でも一向に良くなりません。そんなとき、目から鱗の出来事が起こります。
「ある夜、シャクシャクという音で目が覚めました。部屋の中を見回すと、愛犬が段ボール箱からチンゲン菜を引っ張りだして、むしゃむしゃ食べているじゃないですか。ちょうど母が送ってくれた野菜が届いたばかりで、箱のふたをうっかり開けたままにしていて。ペットショップの人からは、人間が食べるものを与えてはいけないと厳しく言われていたので、一瞬焦りました。でも、ふと思ったんですよ。ドッグフードの原料は肉。犬だって肉ばかり食べていると、野菜を食べたくなるのは当たり前じゃないかって」。
その日からドッッグフードに野菜を混ぜて与えると、症状が軽減。明るい兆しに希望を見出し、ドッグフードを茹でた鶏肉に変え、シャンプーも「食べられる石鹸」を使ったところ劇的に回復。皮膚と目の症状がみるみるうちに良くなりました。
「愛犬が治っていくのを見て、インスタント食品はだめだという母の言葉を思い出しました。よく考えてみるとドッグフードはインスタント食品。私も毎日お母さんにカップラーメンばかり食べさせられていたら、小さいころから病気になっていたんじゃないかって。かわいい愛犬にひどいことをしたと反省しました」。
育ったころの食に戻し体調が回復
「玄米は栄養の宝庫。玄米好きの池田さんは「ぬか漬けと味噌汁を合わせれば最高のごちそう」と笑います。
食が病気の原因を生み、健康にもなれることを愛犬から教わった池田さん。病だらけの自分の心身も食生活を改めれば改善するのではと、さっそく取り組み始めました。母が作ってくれていたような野菜中心の生活に戻すと調子が良いことを実感。さらに好転のきっかけとなったのが玄米との出会いでした。
「発芽玄米を知り食べると、以前にも増して体調が上向いてきたんです。マクロビオティックの店で働いていた友達に、圧力鍋で玄米を炊くとおいしいと教わって食べてみると、ますます好調に。玄米に味噌汁を合わせ、母が送ってくれた梅干しを食べたり滞っていたぬか漬けを再開すると、イライラや生理不順、ひどかった生理痛と花粉症もピタッと止みました。人間関係までもがスムーズに動き始めたのにはびっくりしました」。 健やかな体と心を取り戻した池田さん。心の中に芽生え始めたのは、自分が経験した食のすばらしさを一人でも多くの人に伝えたいという思いでした。そんなとき、友達が教えてくれたマクロビオティック料理の教室に参加したことが、現在の活動へとつながる原点となりました。
「野菜や海藻だけでピザやハンバーグまでもおいしくできることを初めて知り、マクロビオティックこそ世界中を幸せにする料理だと感動しました」。
マクロビの素晴らしさを伝えることが天職
教室で使うのは、池田さんの弟が育てた自然栽培の野菜やオーガニック宅配業者の野菜が中心。甘さが自慢で、受講生たちにも大好評です
「大学時代から自分はどんな仕事がしたいのかずっと考えていました。食べ物、体、環境のすべてにつながる仕事をしたいと漠然と思ってはいましたが、なかなかピンとくるものには出会えないまま。マクロビオティックの料理教室に行ったときに、ようやく私が求めていたことはこれだ!と感じたんです。農薬を散布しない野菜を使うことは大地を守ることになり、肉や魚を使わないのはむやみに動物を殺さないことにつながります。野菜はすべて使い切ってしまうためゴミが減らせ、肉や魚から出る汚れもないので鍋や食器は水洗いで大丈夫。環境も心も体も汚さないマクロビオティック料理のすばらしさを伝えることこそ、私の天職だと思いました」。
OLを辞め、大阪でマクロビオティックレストランを開業すると、「この店の料理を食べると体調が良くて気分も良い」と瞬く間に評判は広がりました。料理を習いたいという要望を受け、オープン半年で料理教室をスタート。玄米の炊き方やドレッシングの作り方を教えるうちにどんどんと受講生が増え、料理教室として本格始動することに。
「おとなしかった生徒さんが人前で話せるようになったり、性格が明るくなったり。食は心も変えるんですよ」
受講生の嬉しい変化に触れて、改めて食の偉大さを痛感する日々です。
我慢して玄米を食べる必要はない
献立に一品添えるならぬか漬けがおすすめ。買ってきたものではなく自家製のぬか床で漬けたものがベストです。
「マクロビオティック=玄米菜食」ではなく、何でも食べなくてはいけないと池田さんは繰り返します。マクロは大きい、ビオは生命、ティックは学問という意味。つまりマクロビオティックとは「大いなる生命の学問」。玄米菜食だとミクロビオティックになってしまうと。
「何でも食べて自分の体を健康にすることが最優先。でも健康になることだけが目的ではありません。健康になって何かを成すことこそ、マクロビオティックの最大の目的なんです」。
池田さんが大事にしていることは、おいしく食べること。健康に良いという情報だけに縛られ、おいしいと思えないものを食べたところで、食材の効果は十分に得られないと続けます。
「生徒さんたちには自分が素直においしいと思うものを食べてほしいと伝えています。そして自分の味覚を人に押し付けてはだめだと。玄米をおいしいと思っていないのに無理をして食べることは心身にとってストレス。健康になるどころか病気を招くことにもなりかねません。体質的に玄米を受け付けない人もいます。たとえば胃がんの人は、玄米が消化できないし、よく噛んで食べない人や低体温の人にも向きません」。
玄米が絶対的な健康食材ではなく、自分が心底おいしいと感じる米こそが体に良い影響を与えてくれるというのが池田さんの持論。その上でPRANAでは玄米、分づき米、白米それぞれのおいしい炊き方を教えています。
「私が尊重しているのは、食材を丸ごと食べるという一物全体の考え方。料理教室ではスタジオで精米するのでぬかができるのですが、捨てずにぬか漬けやふりかけ、から揚げ粉にするなどアレンジするアイデアをレクチャーします。玄米が苦手な人も、こうして丸ごと食べられるように工夫すると、結果的に玄米を食べたのと同じ栄養素を体内に取り込めるわけです。玄米が自分に合っているかどうかは、体が知っています。食べたときにゴワゴワしているなとか臭いとか、マイナスの感情が沸き起こる時点でその人には合っていないということ。玄米を無理して食べるより、白米とぬか漬けを一緒に食べたほうが体と心は喜びます。知識で食べるのではなく、感覚で食べてください」。
調理方法を工夫し、苦手を克服
食べたくないものを我慢して食べることはストレス。ストレスは万病のもとになるため、できるだけストレスフリーな食卓を心がけて
おいしくないと感じる料理は、調理の仕方を見直すことも一案だと池田さん。
「切り干し大根は鉄分、カルシウム、食物繊維が多く、とても体に良いので積極的に食べてもらいたい食材です。でも男性は煮物にすると嫌がる人がいます。そんなときはサラダにしたり味噌汁の具材にしてください。新鮮な味わいで男性も好んで食べてくれます。キュウリとさきイカを合わせてポン酢で味付けするのもおすすめです」。
味の好みは千差万別。とはいえ、それぞれの舌に応じて個別に料理を作り分けるのは大変な手間です。そこで池田さんが提案するのは、食卓の上での味のちょい足し。いつもテーブルにしょうゆ麹を置いておき、物足りないと感じたら満足できる味に調整してもらうのです。
「万人受けする味は私でも作ることはできません。食材の個性を知りさまざまな応用法を身につけておくことで、より食を楽しむことができるのではないでしょうか」。