sacchin-kitchen Colza(コルサ)

兵庫県川西市にある静かな住宅街。坂道を登った先に目指す料理教室「sacchin-kitchen Colza」があります。迎えてくれたのは教室を主宰する奥田佐智子さん。マクロビオティックやスポーツ栄養学などを学び、自身の経験から導き出したメソッドをもとに料理教室を開いています。

sacchin-kitchen Colza

野菜ソムリエやマクロビオティック師範、アスリートフードマイスターの資格を持つ奥田佐智子さんが主宰する料理教室。身体の調子を整えるための基礎的な料理の知識を学ぶ「健康旬菜料理教室」や、スポーツに取り組む子どもを食事でサポートしたいというお母さんたちのために「アスリートワンプレート料理教室」などを開催している。レッスンの基本は「まごわやさしい+肉+フルーツ」。できる限り安心・安全な食材を選び、昔ながらの製法で作られた調味料を使って作る料理は、素材の持ち味を生かしたシンプルさが魅力。簡単でわかりやすいレシピは料理が苦手な人にも好評。栄養講座はオンラインでも行い、調理動画も配信している。

https://sacchin-colza.com

効率良くタンパク質を摂取

自宅を開放したスタジオはアットホームな雰囲気。レッスンは少人数制で学びやすく遠方から通う人もいます(画像上)。アスリートワンプレート料理教室では、必要なバランス食を一つの皿に彩りよく盛り付けていきます(画像下)。

身体に優しい料理教室やアスリート料理教室を開催している奥田さん。レッスンの基本としているのは、食品研究家で医学博士の吉村裕之氏が提唱する「ま(豆類)ご(ごま)わ(わかめなどの海藻類)や(野菜)さ(魚)し(しいたけなどのきのこ類)い(いも類)」。これらは昔から和食に使われてきた食材で、毎日の食事にバランスよく取り入れることで健やかな身体づくりを助けてくれます。奥田さんが推奨しているのは「まごわやさしい」に、さらに肉とフルーツを加えた栄養価の高い食事です。

アスリート向けの料理教室は、食事で子どものスポーツ活動を支えたいお母さんやスポーツ選手を対象に行っています。ポイントは「タンパク質をいかに効率良く摂取するか」です。タンパク質は筋力アップに欠かせない栄養素。健康な生活を送る上で必要なタンパク質の1日摂取量は「体重×1g」とされていますが、スポーツをする人はその2倍の量を摂る必要があると奥田さんは言います。

「たとえば、体重50kgの人に必要な1日のタンパク質量は50g。同体重のアスリートなら100gになります。そのすべてを肉で補おうとした場合、100g食べれば十分というわけではありません。食材に含まれるタンパク質の量はおよそ20%と少量。必要量のタンパク質を摂取しようと思うと、大量の肉を食べなければいけません。体が一度に吸収できるタンパク質量にも限界があります。私がおすすめしているのは、肉だけでなく魚や豆腐、チーズなど、さまざまな食材からバランスよく、毎食小分けにして摂り入れること。すると摂取した栄養素を効率良く筋肉に変換することができ、胃腸への負担も減らせます。筋肉量が増えると自然と代謝も良くなり、太りにくい体になります」。


育ち盛りに必要な栄養素とは

アスリート料理講座では、疲労回復のための食事や故障を予防する食事、メンタルを整える食事など、テーマ別に学べます。

タンパク質の吸収力を高めるには、ビタミンやミネラルも欠かさず摂取することが重要です。奥田さんは野菜も毎食たっぷりと摂るようアドバイスしています。
「子どもに野菜嫌いを克服させたいなら、食べたものを筋肉にするために野菜が必要だということを、お母さんがきちんと伝えること。子どもは理由を理解できると、すすんで野菜を食べるようになります」。

反対に、摂取を控えたいのが牛乳。育ち盛りの子どもに積極的に飲ませているお母さんもいますが、奥田さんは必須ではないと考えています。
「スポーツ栄養学では牛乳を飲むことを勧めていますが、私はマクロビオティックの教えをベースにしているため、教室では使用していません。カルシウムは牛乳以外にもさまざまな食材に含まれています。他の食材でカバーすれば必要量は十分に補えるはずです」。
また、良質な油を摂ることも、体の質を高めるための大きなポイント。

「私たちの体は約60兆個の細胞でできており、その一つ一つは細胞膜で構成され脂で覆われています。摂取する油が上質なものなら、自ずと体の質も良くなるというわけです。食事で摂取する油は、できるだけ酸化していないものを選ぶよう心がけましょう。レストランなどでは揚げ油を使い回していることが多いうえ、揚げてから時間が経ったトンカツや天ぷらは酸化しています。揚げ物はできるだけ家で調理し、揚げたてを食べるようにしてください。もし酸化している油を摂取してしまったら、抗酸化力のある旬の野菜をたくさん食べてリセットしましょう。野菜の色素には抗酸化作用があり、緑、赤、黄、オレンジなど、彩り良く食べることが大事です」。

パフォーマンス力アップのコツ

奥田さんがサポートしているプロラフティングチームの選手たち。食事指導の成果でパフォーマンス力もアップしています(画像上)。タンパク質量が90gの献立。胃腸への負担も軽く、食後のパフォーマンスにも悪影響はありません(画像下)。

摂取すべきタンパク質や糖質の量は運動強度や競技によって違い、パフォーマンスに影響を及ぼします。けれども、管理栄養士などプロに食事管理を任せているチームはごく一部。大半が選手の自己管理に委ねられています。エネルギー消費の激しい競技は糖質を多めに摂り、体重コントロールが必要な競技はタンパク質を増やして糖質は少なめにするのが理想。しかし現実は、ジャンクフードを食べているアスリートも稀ではなく、食への意識に個人差があります。奥田さんが選手たちに直接指導を行うときに心がけているのは、食に興味を持ってもらうためのきっかけを作ること。

「私はプロのラフティングチームに食事指導を行っていますが、選手たちの意識は高めるために、まずはみんなでスーパーに向かいました。売り場を一つ一つ時間をかけてまわり、食品表示の見方を覚えてもらい、正しい食材の選び方をレクチャーしました。本物を見極める目を養うと、食の捉え方も変わってきます」。

食に対する誤解も多かったそうで、奥田さんが指摘するまで選手たちは毎日1人2.5合ものごはんを摂取し、体を大きくすることに努めていました。糖質過多で肉は食べ過ぎ、野菜はかなり不足気味。偏った食生活では実力を十分に発揮することはできません。
「ごはんは1合強に減らし、豚肉、豆腐、卵、鶏肉、納豆などをプラスしてタンパク質を増量し、野菜がたっぷりの献立を考えました。見た目は粗食になりましたが、1食分のタンパク質量は90gと十分です。この食事を食べた日は寝つきが良くなり、寝起きのスッキリ感がまったく違ったと選手たちが話してくれ、速効性の高さに私自身も驚きました」。


病気がちな子どもに悩み

sacchin-kitchen Colzaがスタートしたのは7年前。アスリート料理教室は2016年から開催しています。奥田さんは昔から料理好き。和食や洋食、中華だけでなく、レシピ本を見ながらフランス料理にもチャレンジしたりと、楽しみながら家族に手料理を振舞っていました。

「当時は食材や調味料について知識もなく、食品表示は気にしたことがありませんでした。インスタント食品を活用することもしばしば。スーパーで白砂糖を安売りしていれば山ほど買い込み、節約上手が“できる主婦”だと思っていました」。
料理教室を始めたきっかけは子育て期にある悩みを抱えたことでした。

「私には子どもが2人いますが、小さいころは病気にかかることがたびたびありました。次男はしょっちゅう風邪を引き、水疱瘡にかかったときも重症。長男は小学校5年生の夏に原因不明の高熱を発症しました。病院を何軒もはしごして検査をしても原因が特定できず、先生には仮病じゃないかと疑われたことも。辛く不安な日々を過ごしました」。
不調時は病院に駆け込み、処方箋薬を飲むのが普通という奥田さんの考えが揺らぎ始めたのがこのとき。病気にかからないための方法を模索し、友達からマクロビオティックについて情報を得たことが大きな転機となりました。

マクロビとの出会い

50歳を迎えた今もマラソン大会に出場している奥田さん。元気に走り続けられるのは食のおかげだと言います(画像上)。料理教室で使用する野菜は旬のものを意識。調味料は昔ながらの製法で作られたものを使い、米は七分つき(画像下)。

マクロビオティックについてもっと学びたいと料理教室に通い始めた奥田さんは、食の奥深さに開眼。初めて調味料の重要性を知り、素材本来の味を生かした料理にのめり込みました。教えを実践する中でまず見直したのは調味料。市販のドレッシングやめんつゆ、焼肉のタレが常備してあったキッチンを一掃し、醤油、砂糖、塩などの調味料は昔ながらの製法で作られた「本物」にシフト。「まごわやさしい」をベースに調理法や味付けはシンプルを心がけると、子どもたちはめったに風邪を引かなくなりました。奥田さんも長年続けていたマラソンのベストタイムを次々に更新するなど、家族みんなが健康的な毎日を過ごせるようになったと言います。

「マクロビのすばらしさは実感できたのですが、子どもたちはスポーツをしていたので、毎日玄米菜食では物足りません。やはり肉も食べさせたいと思うのが親心。我が家でマクロビを長く続けていくのは難しいと感じました。それなら良いところだけを取り入れようと『まごわやさしい』に肉とフルーツを加えたメニューを立案するようになったことが、今の活動につながっています。自分の経験を多くの人に伝え、少しでも役立ててもらえれば嬉しいと思っています」。


困った時はちょい足し

食事付きのジュニア選手の合宿なども開催。みんなで一緒に「まごわやさしい」の食材を使った調理体験も行います。

いざ「まごわやさしい」の食卓を実践しようと思っても、慣れないうちは食材を準備するだけでも大変です。そこで奥田さんは無理なくバランスの整った食事を作るオリジナルの方法を提案しています。キーワードは「ちょい足し」。

「毎日子どもたちにお弁当を作るというお母さんも多いと思います。お弁当作りでまず意識してほしいのは彩り。次に『まごわやさしい』の食材がすべて入っているか、作り始める前に紙に書いてチェックしてみてください。足りないものがわかったら、トッピングの要領で食材をちょい足ししていきます。たとえば“ご”がないならほうれん草の和え物の上にごまをふりかけます。“わ”が抜けていれば、卵焼きを焼くときにわかめやのりを巻き込めばクリア。さらにナチュラルチーズを加えると動物性タンパク質も摂れます。“ま”がないときは野菜炒めの味付けに味噌を使うのも一案。“さ”の不足はごはんの上にちりめんじゃこを乗せればOKです」。

乾物や保存食を上手に使いながら足りないものを少しずつプラスしていくと、摂るべき食材の種類を無理なく増やすことができます。ゲーム感覚で行えば、料理が面倒な人や苦手な人にもハードルが低くなり、楽しみながら取り組むことができそうです。 「外食時のメニュー選びやコンビニでごはんを買うときも、『まごわやさしい』を意識して足りないものを選ぶようにすると、簡単に理想的な食事になります。人間の体の細胞は半年で入れ替わると言われ、食べたものの効果を実感できるようになるまでには少し時間がかかります。体への影響は薬とは違いゆるい変化なのでわかりにくいかもしれませんが、無理せずマイペースに取り組んでみてください」。

お母さんもしっかり食べて元気に

1時間みっちりと座学で栄養に関する知識などを学んだ後、調理を実践。最後にみんなで試食をします。

教室を続ける中で、奥田さんが気がかりなのはお母さんたちの体。家族の食事を優先して自分のことは二の次になり、タンパク質不足の人が多いと警鐘を鳴らします。
「子どもや旦那さんにはちゃんとしたごはんを食べさせても、自分はごはんに納豆をかけただけなど簡単に済ませがちです。お母さんたちに幸せになってもらいたいというのが、私が料理教室を行っている理由の一つ。しっかり食べて運動をして元気な体を維持し、子育てが終わってからの人生をイキイキと楽しんでほしいというのが願いです」。
また、がんばり屋さんのお母さんには、毎日の食事に完璧を求めなくてもいいとアドバイスします。

「疲れて何もしたくない日はごはんと味噌汁だけで十分。味噌汁の中に『まごわやさしい』の具材をすべて入れてしまえば、栄養バランスの取れた立派なおかずになります。できるときにできることをするくらいの気持ちで大丈夫。米を食べたくない日や手抜きをしたい日はパンを選んでもいいでしょう。パンはパン屋さんで作られた体に優しいものを買ってください。国産小麦を使っているものが手に入れば最高です。時には甘いものを食べて自分を甘やかすのもOK。私の料理教室でもデザートつきの献立にしています。完璧に栄養バランスが整った食事より、家族で食を楽しむことのほうが大切。これからも笑顔があふれる食卓を応援していきたいと思います」。

(2019年4月 取材・文 岸本 恭児)