祝御遷宮 伊勢神宮(神田編)
平成25年、62回目の「式年遷宮(しきねんせんぐう)」を迎える伊勢神宮。
式年遷宮とは、20年に一度、御社殿の隣にある敷地に新宮をお建てし、神々にお遷りを願う神宮最大のお祭りです。このお祭りでは、御社殿の建替えをはじめ御装束や神宝もすべて新調され、神宮は常に新しく保たれます。 式年遷宮の年、持統天皇4年(690年)から1300年以上も続くこのお祭りの意味に思いを馳せながら、早春の神宮をお参りしました。
今回は、神宮神田をご紹介します。
日本書紀によると、その昔、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天孫である瓊々杵尊(ににぎのみこと)を地上に降ろされる際に、高天原の稲穂を「これを日本人の主食とするように。」と授けられたことから、地上に稲がもたらされたと伝えられています。神宮神田は、今から二千年前に第11代垂仁天皇(すいにん)の皇女で、伊勢に神宮を創建された倭姫命(やまとひめのみこと)が、この地をお定めになられました。この神田では神宮にて1年を通して執り行われるお祭りで使用されるお米を育てており、その年にとれた新米は、10月に行われる神嘗祭(かんなめさい:その年に収穫された新穀を最初に神様に捧げ、無事に実ったことを奉告し、感謝を申し上げるお祭り。)の際にお供えされます。
――神宮の調度部で御料地管理のお役目をされている、神宮技師で作長の山口剛様にお話しをお伺いしました。
神宮神田は、五十鈴川より水を引き入れ、東西に500メートル、南北に60メートルほどの面積でお米を栽培しております。神田の北側中央に位置する鳥居の正面には、白い石が敷き詰められた祭場、すなわちお祭りを行なう場所があり、神田では年に3回儀式が行われます。今年(2013年)で言いますと、4月2日に、「神田下種祭(しんでんげしゅさい)」がございます。山に入る許可を頂く山口祭(やまぐちさい)と、樫(かし)の木を伐らせていただく木本祭(このもとさい)を行い、木を伐り、鍬(クワ)を作ります。それから、山から下山して、田を耕し、種まきをします。そして、苗ができましたら5月初旬に「神田御田植初(しんでんおたうえはじめ)」という田植えのお祭り、秋には「抜穂祭(ぬいぼさい)」という収穫のお祭りへと続きます。(神事に用いる稲穂は、抜き取って奉納されます。) このように、神田においても節目に必ずお祭りをしております。
かつて、神田での作業はすべて人力で行なっておりました。土を耕す、苗を植える、収穫する、全て人の手だけで行なっていたのです。といいますのは、馬や牛ですと不浄なものがあるといけないということで、人の手だけでやっていたのです。非常に手間をかけて稲を育てていた田んぼと言えます。ですから、今でも肥料は草刈りでできた草を利用しています。草を摘んで堆肥として利用し、それ以外に必要な場合は化成肥料も使いますが、いわゆる糞系の堆肥は入れておりません。
神田で作るお米は神様にお供えするものですので、おいしくなければならないと思っています。その「おいしい」という言葉の中には、「食べておいしい」という事と「体に良い」という意味も含まれると思うのです。ですから、確実にお米を確保しなければなりませんが、そのために何をしても良いというわけではありません。体に害をなすようなものであってはならないわけですから、農薬の使用も極力少なくしています。また、更に量を減らす方法を探しながら日々の作業にあたっております。
神田には、古代からお供えされていた品種だというものが、実はありません。 そこには、古代のものをそのまま継承するという考え方ではなく、その時代に一番良いおいしいものをお供えするという考え方を大切にしていたのではないかと思います。それに、どの稲も皇孫ニニギノミコトが授かった稲に通じるわけですから、よりおいしいと思われるお米を残していくことが大事なのではないかと思います。我々にとってはおいしくないけれど神様にはどうぞ、というわけにはいきません。よりおいしいもの、より良きもの、今最善に作られたものを神様へ捧げるということが、最大限の感謝の気持ちを表現する方法ではないかと思います。
神田の土手は、コンクリートが敷き詰められており、これは昭和初期に造られたものです。当時の最先端の技術をもって造られたのだと思います。その頃は現在よりも産業自体が華やかなもので、大切にされていた時代だったと思います。今は公害などマイナス面を意識してしまうこともありますが、産業がなければ社会は成り立ちません。また、お供え物というのは野に自然にあるものを適当に取ってお供えするのではなく、人間の手で作ったものを神への感謝の気持ちとして捧げるものですから、そういう意味でも現代の私たちが作ることの出来る最高のものをお供えすることが大切なのではないかと思います。
神宮には御料地という制度があり、神饌(しんせん:神へのお供え物)は神宮が管理して製産、調整をしています。その優れたところは、神宮神田や神宮御園(じんぐうみその:野菜や果物を栽培している農園)は、つまり神宮の直営ですから、農薬や肥料の使用量、生産者が誰であるかが明確であることだと思います。 最近は地産地消という言葉がよく聞かれるようになり、トレーサビリティ(※1)や生産者の顔が見えるように等の姿勢が評価されておりますが、神田や御園ではそのような言葉がなかった時代から続けてきたことなのです。ですから、食品に対する品質保持の意識を高い状態で保ち続けるには、御料地はとても素晴らしいシステムではないかと思っております。
日本人の主食として食べられているお米。幼い頃、誰もがお米には神様が宿っていると教わった記憶があるのではないでしょうか。古事記に「豊葦原の瑞穂の国」と書かれた日本は、天候と水に恵まれたお米作りに適した国であり、神宮は稲が無事に成長するように数え切れないほどのお祭りを行ないます。長きにわたり日本人の命がお米によって支えられてきたことを思うと、ただただ有難く、日々感謝をして頂かなくてはと改めて思いました。5月の初め、神田ではお田植えのお祭りが行われ、青々とした苗が植えられます。秋、神田の一面に波打つ黄金色の稲穂を想像しながら、次は「内宮(ないくう)」へと向かいました。
(2013年5月取材・文 島田優紀子)
*次回の「賢人の食と心」も是非ご期待ください。
(内宮編へつづく)