保存食LAB

人々の暮らしの知恵が詰め込まれた保存食は、家庭の必需品として発展してきました。飽食の時代となり、その価値が埋もれつつある今、現代風に保存食をアレンジした店が静かに注目を集めています。

保存食は一つ一つが手作り。商品は食材の旬に合わせてこまめに入れ替わるため、訪れるたび新しい味に出合えそうです(画像上)。窓際に並ぶ保存食。野菜や果実に合わせるのは塩やリンゴ酢などシンプルな調味料が中心です(画像下)。

祖母直伝の手法にアイデアをプラス

赤や緑、黄など色とりどりの小瓶たちが窓際に並ぶ保存食LAB。京丹後にある自家菜園ですくすくと育った野菜や果実に、厳選した調味料やスパイスなどを加え、瓶詰めにして販売しています。コンクリート壁のスタイリッシュな直売所を「ラボ」と名付け、レシピの試作を「実験」と呼ぶのは、作り手の増本奈穂さん。芸術大学を卒業後、ケータリングの仕事をしながら店をオープンして1年。週に数日の営業日には、増本さんが研究を重ねて磨いた味をお客さんたちがこぞって買い求めます。

「私が保存食を作るようになったのは祖母の影響です。実家では昔から野菜づくりを行っていて、祖母は季節ごとに収穫したものを塩漬けや焼酎漬けにしていました。子どもの頃からその手仕事をそばで見ているうちに手法を覚え、自分でも手作りするようになって。祖母の手法を今風にアレンジしたり配合を変えたりする作業を、学生の頃からまるで研究でもするように楽しんでいました」。

鮮やかな色合いの柚子胡椒(左)と練り柚子塩(右)。どちらも冷凍保存が可能。退色せずフレッシュな香りが保たれます(画像上)。収穫した柿をチップスと干し柿に加工。手を加えすぎずシンプルに素材の良さ生かすことが増本さんのルール(画像下)。

旬の時を止めてくれる保存食

旬を迎えた野菜や果実を、一番良い状態のまま時を止めるようなイメージで保存食を作っているという増本さん。おいしさを長期間キープさせることで、いつでも食べたい時に旬の頃のフレッシュな味や香りを呼び起こすことができるのが保存食の魅力だと語ります。

「冬場に大量に穫れた柚子を塩漬けにして冷凍し、6月から11月にかけて収穫する青唐辛子と混ぜ合わせて作っているのがフレッシュ柚子胡椒“PIRIRI”(ピリリ)。保存食に加工することで、食材同士のおいしいタイミングを合わせて加工することができるんです。また自然の中で栽培されたものは、同じ柚子でも収穫する時期や年によって状態が異なります。シーズンの最初のほうは果汁が多いので搾って使い、後のほうになると果汁は少なくなるので皮を使うようにしたり。どうしたら目の前の恵みを十分に生かせるか、食材と会話をしながら探っていく作業は楽しいといつも思います」。

キッチンには作り貯めた保存食の瓶がずらり。これはほんの一部で冷蔵庫にもたくさんの保存食が眠っています(画像上)。取材時に出してくださったのは、生姜と柚子のコーディアルをお湯で割ったもの。すっきりとした酸味と程よい辛味で体はポカポカ(画像下)。

ひとさじで心豊かになる食卓を

「いちじくマスタード」や「カリーマジック/山椒」など、増本さんの独創的なアイデアとセンスから生まれた商品はどれも斬新。ネーミングや素材からは容易に味を想像することができません。試食をしたお客さんから「食べたことがない味」と言われることが、一番の褒め言葉だと笑います。

保存食は魔法のように料理の味を変えるものではないという増本さん。いつもの家庭の味にひとさじ加えたり皿の上で調味したりすることで、新しいおいしさを広げるのが保存食LABの役割だと考えています。
「コンビニで買ってきたごはんでも、自家製調味料を添えるだけで味わいに変化が生まれ、心が豊かになったりするものです。保存食をきっかけに食の豊かさに気づいてもらいたいというのが私の願い。最近は早くておいしいものが求められがちですが、保存食を通してじっくりと待つ時間が味を育てるということも知ってもらえれば嬉しいですね」。
今後は直売所をもっとラボとして機能させていきたいと話す増本さん。単に保存食の作り方を教える教室ではなく、参加者がそれぞれに知識を持ち寄って、互いの方法をシェアする研究集会のようなスタイルが理想だそう。保存食の魅力を探る試みは、まだまだ続いていきます。

保存食LABのおすすめ

柚子なんば

福井県などに伝わる調味料をアレンジ。獅子柚子に甘糀を加え、辛味の中に広がるさわやかな酸味と優しい甘さが特徴。寒い季節は鍋の薬味に。

フレッシュ柚子胡椒“PIRIRI”

柚子の初々しい酸味と鼻からふわりと抜ける濃い香り、青唐辛子の刺激がくせになりそう。ドレッシングや酢飯に加えても香りの良さを楽しめます。

DATA:

保存食LAB

京都府京都市左京区吉田泉殿町68-24

TEL 090−1028−2998

営業時間 12:00~17:00

定休日 不定休(営業日はHPで確認)

http://hozonshokulab.xyz/

保存食LAB からのメッセージ

ネットで何でも買える時代ですが、当店がネット販売をしていないのには理由があります。住宅街にある店に迷いながらも足を運んでいただき味見をし、私と会話をしながらお気に入りを選ぶという、買い物のプロセスをお客様に楽しんでいただきたいから。口にするたび、味とともにそのストーリーもじんわりと思い出してもらえる店でありたいと思っています。

【取材レポート】

目下、3人の子育てに大忙しの増本さん。育児と家事、ケータリングの仕事の合間をぬって、コツコツと保存食の研究を続けています。7歳になる娘さんには2〜3歳のころからお母さんの梅仕事や柚子の皮剥きを手伝い、梅のへそ取りはお手のものだそう。日頃から畑での収穫を体験させるなど、生きた食育を大事にされているのが印象的でした。