兵庫県立上郡高等学校

寒さが一段と深まり、日本酒のおいしい季節になりました。銘酒どころとして知られる兵庫県では、作り手たちが手塩にかけた新酒が続々と出荷の時を迎えています。兵庫県立上郡高等学校では、酒米づくりから醸造作業までを高校生が行う、全国的にも珍しい取り組みに力を注いでいます。

兵庫県立上郡(かみごおり)高等学校

兵庫県赤穂郡上郡町大持207-1 0791-52-0069
山と川に囲まれた自然豊かな地、兵庫県の西端赤穂郡上郡町の中心部にある総合制高校。普通科と農業関係3学科からなる。2012年度より文部科学省の研究開発学校の指定を受けて、社会人基礎力育成カリキュラム開発事業を導入。道徳教育やキャリア教育、今日的な課題に対応した教育 (消費者教育、環境教育等)を柱に、自立と共生の能力を兼ね備えた社会人の基礎を培う。

奥藤(おくとう)商事

兵庫県赤穂市坂越1419-1 0791-48-8005
400年以上の歴史を誇る、赤穂市で唯一の日本酒蔵元。
かつては赤穂藩主浅野家の御用酒屋として栄え、いにしえの香り漂う坂越(さこし)地区に今も風情ある佇まいを残す。酒づくりには播磨の酒米を使い、先人から大事にしてきた手法を継承。代表銘柄「忠臣蔵」は飲みごたえがあり、地元特産品の濃厚なカキとも合う。

農業実習に取り入れた酒米づくり

田畑が広がり豊かな自然が残る上郡町。穏やかな千種川の流れにも癒されます。

赤穂浪士で有名な兵庫県赤穂市の北側に位置する上郡町。名水百選にも選ばれた清流千種川が流れ、里山が広がるのどかな地域です。その豊かな自然に抱かれるように建つ兵庫県立上郡高等学校は、農業科のある総合制高校。農業科の生徒たちは普通教科の学習に加えて、2年生から作物の栽培や家畜の飼育なども経験し、学びを深めています。

同校の生徒たちが農業実習での課題研究として、3年前から取り組み始めたのが酒米づくり。自校が借り受けている田んぼで酒造好適米「兵庫夢錦」の栽培を行っています。兵庫県で栽培される酒造好適米といえば山田錦が有名ですが、同校では西播地域の気候や土壌の特徴から山田錦より育てやすい兵庫夢錦に着目。

「山田錦は草丈が非常に長くて倒れやすいのが弱点ですが、兵庫夢錦は山田錦ほど伸びる米ではないので、大きな台風が来なければ栽培しやすいという利点があります。ならば兵庫夢錦のほうがつくりやすいだろうとこちらの品種に決めました」と話すのは、酒米づくりの指導を行う栗山勝美先生です。

手探り状態でのスタート

田植え機に乗る女子生徒。先生の指導を受けながら大きな機械を勇ましく操ります。

課題研究の主題は、兵庫夢錦が上郡の地で、どのような気候のもと、どう栽培すると伸びやかに育ち、安定した収量が得られるかということ。中心となって研究を進めるのは、2年生のときにインターンシップ(職業体験)で酒づくりを勉強してきた3年生の生徒たちです。播種、育苗、田植え、草刈り、稲刈りなど、稲の成長過程における作業全般に関わっています。

授業では耕運機や田植え機、草刈機といった一般的な農機具の扱い方も習得。女子生徒も大きな機械を操り、手際良く作業を進めます。実は栗山先生も3年前までは酒米づくりの初心者でした。「これを企画したのは前任の先生で、その先生が異動されることになってバトンタッチしたのが私でした。酒米は契約栽培になるため、地元赤穂の日本酒蔵元である奥藤商事さんにその先生が話を持って行き、すでに企画に賛同してもらえることは決まっていたのですが、初年度は右も左もわからない中での作付け。本当に大丈夫かと心配になることもありましたよ」と、手探りで始めた当時を懐かしく振り返ります。時にはJAで専門家たちに教えを乞いながら、生徒と共に知識を磨いていった栗山先生。ようやく酒米づくりがわかり始めたと自信をのぞかせます。


生徒のアイデアではじめた害虫対策

雑草を除去するのも大事な作業の一つ。
丁寧に抜いて米の健やかな成長を促します。

酒米づくりは食用うるち米の栽培管理と基本的に大差はないものの、高い品質の酒米をつくるためには、乾燥や害虫に神経を使わなければなりません。特にやっかいなのが害虫対策。同校の田んぼがある地域一帯にはカメムシとツマグロヨコバイという害虫が多く、夏ウンカ(稲に群がる大害虫)も悩みの種です。

「去年度は収穫前の穂や葉にすすがついたような状態になってしまい、原因はツマグロヨコバイの糞ということがわかりました。また、花が咲いてもみに養分を貯めておく大切な成長期にはカメムシが寄ってきます。カメムシは米の中身を吸ってしまい、真っ白な米にしみがついて、いくら粒が大きくても品質が下がってしまうのです」と頭を抱えていた栗山先生。

同校では農薬は極力使わないという方針から、安易に駆除剤をまくわけにはいきません。ましてや収穫間近な稲への散布は、残留農薬のことも気がかりです。どうしたものかと思案していたところ、酒米づくりに取り組んでいた1人の生徒が妙案をもたらしてくれました。それは、ミントをあぜに植えて害虫除けに利用するという画期的な方法でした。

害虫対策に植えたミント。
大きく育ち、これからの活躍に期待がかかります。

「ある有機栽培農家が害虫対策にミントを使い、ミント米というものを作っていたのをテレビで見たそうなんです。ミントは香りの高いハーブだし、もしかしたらその香りを害虫が嫌がるんじゃないかと生徒たちと話し合って、さっそく実践してみました」。

自生力の強いミントはみるみるうちに成長し、稲穂や葉は去年度よりイキイキと育ったそう。「効果のほどはまだはっきりしていませんが、もっとミントが増えてあぜ周りがにぎやかになり、より良い結果が生まれるといいなあと思っています」。ミントを摘み取って液剤にし、田んぼに振ることも検討中だそうで、さらなるミントのパワーに期待が高まります。

受験生の気分で迎える等級検査

生徒たちが育てたお米。これから、等級検査を待ちます。

収穫を終えた兵庫夢錦は、等級検査を受けて品質が格付けされます。酒造好適米の等級は食用米の等級より厳格。粒が大きく整い、米粒の中心にある心白(しんぱく)と呼ばれる部分が程よく入っているかなど、特有の品質が求められます。状態は検査員が厳しい目でチェック。3等から特1まで5段階にランク付けされますが、3等になると醸造適正が低いと見なされ、酒づくりには利用できなくなります。

栗山先生は毎年生徒たちを連れて等級検査に行くそうですが、自分たちの酒米が何等になるか、結果が出るまではまるで合格発表を待つ受験生の気分。「最初の年は検査員に泣きの2等と言われたくらい、ギリギリ酒をつくれるほどの品質でした。これでは購入してくださる奥藤商事さんにも申し訳ないと、肥料を酒米専用のものにしたり栽培にいろいろと工夫を重ねるようになりました」。

酒米づくりは気温の高さも天敵。粒が白く濁ったり亀裂が入って割れやすくなるなどの高温障害が起きて収量が減ってしまいます。上郡町は盆地で、夏に天候が良いと気温がぐんぐん上昇する地域。日照りが続くと米の良し悪しに大きく影響を及ぼします。

1等の格付けを得た26年度の兵庫夢錦。米の袋に記された丸い判子がその証し。

ところが2014年は天候不順が幸いし、収量がアップ。田んぼの面積を拡張したことも功を奏して、酒づくりに必要な最低量の900kgを大幅に上回る 1500kgを収穫することができました。その出来栄えは、栗山先生が素人目に見ても上々。心白が十分に入った良質な酒米でした。

「検査員から『今年は問題なく1等』と太鼓判を押されて生徒たちは嬉しそうでした。奥藤さんにも『今年の米はいいね』と言ってもらえてホッとしましたよ」。目標は、いつか特や特1をとれる酒米をつくること。検査員でもこのランクの酒米になかなかお目にかかることはないらしく、ハードルはかなり高め。それでも生徒たちとチャレンジしていきたいと、栗山先生は次の作付けに意欲を見せます。


インターンシップで学ぶ酒造りの本質

洗米を終えた上郡高生たちの兵庫夢錦は水切りを
終えるとタンクの中へ。25日ほどで酒になります。

酒づくりが佳境に入った11月中旬。奥藤商事で5回目のインターンシップを受ける農業科2年の生徒たちに同行しました。今年度、酒づくりを学んでいるのは女子生徒3名。酒がどのような工程をたどって製品になるのか以前から興味があったと言い、歴史ある造り酒屋で行われている作業を間近で見ながら学べる機会に、胸を躍らせて臨んでいます。

この日、蔵では同校の田んぼで育った兵庫夢錦が洗われ、ざるで水切りを行っている最中でした。奥藤商事の酒づくりは、昔ながらの製造方法を大事にし、手作業の工程が多いのが特徴です。酒米も1ざるごとに手洗いするのが習わし。この日は洗米を終えた約300kgがざる20個に分けられてずらりと並んでいました。丁寧に洗いをかけた酒米は、まぶしいまでに真っ白な輝きを放っています。「寒くなってくると水が冷たくなって、洗米作業がどんどん厳しくなってくるんですよ」と酒づくりの過酷さを話すのは奥藤利文社長。

プツプツと発酵の進む音に耳を澄ませる生徒たちに
「タンクの中でも酒は生きているんだよ」と教える奥藤さん。

洗米作業は、毎日の気温に沿って洗う時間や水温が変動します。「水分調整はとても重要。酒米を洗うときの水温が低すぎると水を吸わないし、高すぎると吸水しすぎてしまいます。水分を吸いすぎた米は軟らかくなりすぎて酒づくりには向きません。今日は洗う時間と水を吸わせる時間を含めて1ざるあたり9分。日によっては秒単位まで計算しながら微調整していくんですよ」。

インターンシップで洗米作業を体験した生徒たちは「酒づくりは楽しいけれど大変」と口をそろえます。また、職人さんたちが醸造に使う道具を一つずつお湯につけて殺菌消毒をしている様子を垣間見て、プロの丁寧な仕事ぶりに感銘を受けたそう。

「来年はぜひ酒米づくりに取り組んでみたい。そして自分たちがつくった酒米がどんなお酒になるのか見てみたい」とすっかり酒づくりに魅せられた生徒たち。発酵中のタンクの中を覗き込みながら、兵庫夢錦が清酒になる日を心待ちにしているようでした。


生徒たちとの交流による原点回帰

自然に囲まれた坂越の町並みに、ひときわ風情のある酒蔵が目を引きます。

高校生たちと共に酒づくりに取り組むようになって、自分も刺激をもらっているという奥藤さん。生徒に工程を説明したり作業を教えたりすることは、基本に立ち返る良い機会だと襟を正します。 「上郡高校の生徒たちは毎年一生懸命やってくれるし、チームワークがいいなという印象。酒づくりの朝は早いんですが時間も順守し、作業開始の20分くらい前には蔵に来て準備していますよ」と、生徒たちの真摯な姿勢を高く評価します。

今年のインターンシップでは、麹づくりや蔵の掃除も経験した生徒たち。奥藤さんは作業を通して、何に対しても丁寧に行うことの大事さを教えています。「酒づくりの作業は適当にも先延ばしにもできません。しんどいからこれくらいでいいかと中途半端にするのではなく、決められたことは丁寧に責任をもって最後まで行うこと。勉強でも手を抜けば必ず後で自分にしわ寄せがくるでしょう。仕事も同じです。社会に出る前に、お金をもらって仕事をすることの厳しさを少しでも実感してもらえたらいいなと思います」。
生徒たちが米を作ってくれるから今年も酒が仕込めると、感謝の気持ちを言葉にする奥藤さん。温かな指導が生徒たちの心を育てています。

思いを一升瓶に詰め込んで

「上高夢錦」の銘柄ラベルは、初年次に酒づくりに携わった生徒のデザインを採用しています。

12月下旬ごろ、同校の兵庫夢錦は「純米 上高夢錦」のラベルが貼られ蔵出しを迎えました。農作業の苦労に思いを馳せながらしみじみと味わう酒は格別と栗山先生。上高夢錦は例年、口当たりが良く癖のない仕上がりで好評なのだそう。

毎年、先生や親御さんの期待を背負う奥藤さんは、米一粒も無駄にできないと全力で酒づくりに挑みます。試飲して思った通りの味に仕上がっていたときの満足感が次の酒づくりへの活力。「そのうえで、親御さんや一般のお客さんたちの喜ぶ顔と『うまい』のひと言が聞ければ、作り手としては何よりですよ。生徒たちは残念ながら飲むことができませんが、大人になったときに醸造体験の思い出を振り返りながら日本酒を飲んでくれればうれしいですね。大変な作業を経験しているんですから、きっと1杯を大事に飲んでくれるんじゃないかなあ」。

多くの人の熱い思いを詰め込んだ上高夢錦。高校生たちの真剣な取り組みと熟練された職人の技が生んだ地酒が、これからもこの地を盛り上げます。

(2014年11月 取材・文 岸本 恭児)