本田味噌本店

懐石料理や精進料理など格式ある京の食文化。その歩みとともに磨かれてきたのが、西京白味噌です。米麹をたっぷりと使い、やわらかな甘みと深い旨みを備えた淡黄色の味噌は、宮中のハレの席で珍重されてきました。

本田味噌本店

京都市上京区室町通り一条上ル小島町558 075-441-1121
http://www.honda-miso.co.jp
京都御所の西にて時を刻み続けて200年以上。創業当時の京町屋の佇まいを残しながら、味噌づくりを一筋に営む。京都の食膳に欠かせない「西京白味噌」は禁裏御所の御用も務めた麹づくりの技によって生まれたもの。現代もその製法が脈々と受け継がれている。京都の気候と風土に育まれた味は、雑味がなく上品。料理のアイデアも広げてくれる。

京に伝わるハレの日の味

京雑煮といえば白味噌仕立て。まったりと濃厚でありながらすっきりとしたキレの良さが後を引きます

身も心も晴れやかに迎える新春。正月の食卓には、美しくお重に詰められたおせちやお屠蘇を囲んで、家族の笑顔が花咲きます。そして、祝いの膳を盛り上げてくれる一品がお雑煮。福を呼び込む縁起の良い食べ物としてその土地や家庭ごとに特色のある伝統料理は、故郷の懐かしさを呼び起こしてくれる味でもあるでしょう。

秀でた食文化を継承する京都のお雑煮といえば白味噌仕立て。漆黒の椀に注がれた白くなめらかなお汁に、ぽっかり浮かぶふくよかな丸餅。あとは頭芋や小芋、ねずみ大根(お雑煮大根)などが添えられます。日の出をイメージし金時人参をあしらう家庭もありますが、一般的に白い食材で作られるのが京雑煮です。白味噌独特のこっくりとしたまろやかな甘みは、塩味の立つ普段づかいの味噌とはまた別格。ハレの日にふさわしい上品さがあります。その白味噌のルーツをたどり、四季移ろう京都を訪ねました。

全国で愛される老舗の味噌

昔ながらの町屋の風情は残しつつ、すっきりとモダンにまとめられた店内は味噌のギャラリーのよう

京都市上京区室町通り。すぐそばに京都御所があるこの辺りは、昔から宮中の御用を務める家々が軒を連ねていました。本田味噌本店もそのうちの一軒。趣きのある店構えは、虫籠造り(むしこづくり)と呼ばれる町屋の伝統工法を施し、創業当時と変わらず威風堂々。大きく掛かったのれんをくぐると、赤味噌、西京白味噌、調理味噌などさまざまな種類の味噌が整然と並んでいます。パッケージされた商品のほかに計り売りもあり、店員さんが樽からしゃもじですくう様子に、昔懐かしい味噌屋の情景が重なります。「ご近所のお子さまが容器を手に、おつかいに来られることもあるんですよ」と頬を緩めるのは、営業部部長の尾崎正明さん。全国に名を知られた老舗とあって、遠方から訪れるお客さんも少なくありません。取材に訪れた日も関東からご夫婦が来店。1年分を購入し、満足気に店を後にされていました。多くの人々を魅了する伝統の味は、京の暮らしに寄り添いながら、時の流れに磨かれてきました。


味噌づくり一筋に歩んで

日ごろの労をねぎらい、宮中から贈られたという火鉢も大事に保管されています。

創業は江戸時代天保元年。創業者である初代・丹波屋茂助はもともと丹波杜氏でした。麹づくりの鍛え抜かれた技を見込まれ、宮中に赤味噌と白味噌を献上したのが味噌屋としてのはじまりです。その後も禁裏御所のご用命を受けて味噌を納めながら、明治維新のころからは一般にも広く販売を開始。滋味あふれる味は、京の食卓で重宝されるようになりました。

「味噌屋といえる商売せい」が代々伝えられてきた信条。時代の流れに沿った味への追求は怠らずとも、「昔ながらの味噌づくり一筋」という軸はぶらさずに邁進しなさいというのがこの言葉に込められた真意だと尾崎さんは言います。「たとえば商品の一つに『一わん味噌汁』という即席味噌汁があります。これは麩焼の外包を椀の中に割り入れてお湯を注ぐだけで食べられるというもの。生味噌を主力とする弊社では珍しい商品なのですが、広く味噌の味に親しんでもらうためには手軽なものも必要。しかしそこには味噌専門店としてのプライドもあります。味噌屋が作るレトルトなら、だしの味でごまかすなどもってのほか。だしに具を入れ味噌を溶き、いったん味噌汁の状態にしたものをフリーズドライにすることによって味噌の風味を引き立たせています。手間はかかりますけれど、仕事を惜しんで質が落ちるのは本意ではありませんから」。円熟の味はこうした心意気に支えられています。

厳選素材と土地が育む風味

味噌の仕込みに使われていた昔の道具。職人たちの汗の歴史が刻まれています。

井戸水と木製の樽を使い、店の奥で職人たちがせっせと手仕込みしていた味噌づくりの光景も今や昔。現在は安全性に配慮し効率化を進め、徹底した品質管理の上で製造されています。最新設備を導入した工場があるのは京都府綾部市。味噌の味わいは気候風土と水によって微妙に変化するため、工場を建てる場所は大変吟味したそうです。特に水は「水が変われば味噌の味が変わる」と言われるほど重要な原料の一つ。軟水で純度の高いものが良いとされています。豊かな自然に囲まれた綾部市は昔から質の良い水に恵まれた地。今では綾部の水と澄んだ空気が本田味噌本店の味に欠かすことはできません。

工場での作業はすべて機械任せではなく、人間と分業して進めています。「麹の出来具合や大豆の茹で具合、熟成具合や出来上がった味噌の状態を見るのは、やはり人の繊細な感覚が必要。昔は重い荷物などを運ぶといった力仕事まですべて職人が行わなければなりませんでしたが、そこは機械が担当してくれることによって、職人たちは味噌づくりに専念できるようになりました」と尾崎さんは話します。

水への思い入れと同様に、同社では米と大豆に対しても強いこだわりを持っています。農産物はその年によって出来や収穫量が変わるため、産地は限定せず中身を重視。工場内にある研究室では、シーズンごとに味噌づくりに一番適した米と大豆を全国から選りすぐります。「食べておいしい米が味噌の原料にふさわしいかというと、必ずしもそうではありません。以前、上等なコシヒカリを使ったことがあるんですが、とびきりおいしい味噌ができたかというとそうでもなかったんです」。と本音がこぼれる尾崎さん。とはいえ、米や大豆は品質改良が進み、昔と比べると味噌の味も格段に良くなっていると自信をのぞかせました。


多彩な味噌の分類について

季節限定のものも加えると、商品数は30種類以上。老舗の風格が感じられる逸品がそろっています。

味噌は原料の調達が簡単なことと作り方も単純なことから、昔は各家庭でも手作りで仕込んでいました。その味を自慢していたことから、自画自賛することを意味する「手前みそ」という言葉が生まれたとか。今は全国に約1,000社の製造元があり、各社オリジナルの味を競っています。

味噌の種類は原料によって分類されています。大豆に米麹を加えて作った味噌が米味噌。全国各地で作られ最も親しまれている味で、日本の総生産量の8割が米味噌にあたります。また、大豆に大麦麹か裸麦麹を加えて作ったものが麦味噌。田舎味噌とも呼ばれ、昔懐かしい家庭の味を思い起こさせます。豆味噌は大豆と塩で作られる味噌のこと。2種類以上の味噌を合わせたり複数の麹を混ぜ合わせて作ったりする調合味噌もあります。さらに米味噌は出来上がりの色によって赤、淡色、白と大きく3つに分かれます。色に違いが生まれるのは発酵や熟成の期間と深いつながりがあり、濃くなるほど長い時間をかけて仕込まれたことになります。また、米味噌と麦味噌に見られる甘口、辛口といった味の分類には、塩加減のほかに大豆に対する麹の量の割合も影響。同じ塩分濃度の場合、麹の量が多いほうが甘くなるのです。味噌と一口に言ってもこれだけのバリエーション。自宅で好みの味噌をブレンドすることで、さらに奥深さを知ることができます。

ちなみに、京都で作られる白味噌のことを「西京味噌」や「西京白味噌」と呼びますが、それにはこんな理由が。明治維新によって都は京都から江戸・東京へと移りましたが、東の京に対して西の京都を西京とも呼んだことから、この名がついたそうです。

白味噌の独特な作り方

店頭の樽には計り売り用の様々な味噌が入っています。艶やかで美しい淡黄色が白味噌の特徴です。

では、味噌の一般的な作り方を追っていきましょう。主な原料となるのは水のほかに大豆、米(もしくは麦)、塩。米味噌の場合はまず米を蒸し、種麹を付けて米麹を作ります。傍らでは、大豆を洗って蒸し、細かくつぶしてから米麹と混ぜ合わせ塩を入れ、様子を見ながら種水も加えます。その後大きな樽(タンク)に入れて発酵・熟成させ、完成となります。これは米味噌のなかでも最もポピュラーな赤味噌の作り方。白味噌も作業工程はほぼ同じですが、大豆と米の割合が赤味噌と白味噌では異なります。赤味噌の仕込みは大豆と米の割合が10:6~8。一方、白味噌はというと10:20~25と米の分量を倍にします。「白味噌には照りを良くするために水あめを加えるので、甘さも水あめが出していると誤解されがちなのですが、実は米の自然な甘みなんです」と尾崎さん。また、白味噌の場合は大豆を蒸すのではなく茹でるのがポイント。茹でると大豆本来の白さが引き出され、艶やかな色に仕上がるのです。「誰もが白味噌と呼んではいますが、実際の色は白ではなく淡黄色。あまりに白すぎると、味噌の色が料理のイメージを変えてしまうため、長年付き合いのある料理人さんたちからは返品されてしまうこともあるんですよ」。絶妙な淡黄色を守ることも老舗としての大事な仕事だと尾崎さんは言います。

そしてもう一つ、赤味噌の仕込みと大きく違う点は熟成期間。多くの味噌が熟成に数カ月から長くは1年を要するのに対し、白味噌はわずか20日程度。この間、職人たちは麹菌が最もよく働く温度や湿度、時間を調節しながら、味が育つのをじっと待つのです。


白味噌が京都で愛された理由

京都御所に味噌を納める際に必要だった入門証や納品元帳、代金として拝領した銀を測る天秤測。

京都では白味噌は特別な味という意識が今なお根強いものの、日々の食卓にもしばしば登場させ、四季に合わせて食してきました。春は筍の木の芽和えに、夏はタコをさっぱりと酢味噌で、秋はナスに乗せて田楽に、冬はしっとり炊き上げた風呂吹き大根に添えて。なぜこれほどまで白味噌が京都の人々に愛されてきたのでしょうか。

栄養価に優れた味噌は、昔は重要なエネルギー食。長期保存もできたため、特に武士にとっては長い戦を乗り切るために不可欠な食材でした。歴史を彩った戦国武将たちにも味噌は絶対的な兵糧。武田信玄、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗など名将たちは皆、味噌づくりを奨励しています。片や都として栄えた京都には、物資が豊富に流入し、味噌の原料にも困ることはありませんでした。労働者階級が少なく公家文化が繁栄していたこともあり、エネルギー源として食べるしょっぱい味噌より、米をたくさん使った贅沢で甘い白味噌のほうが好まれたのでしょう。宮中のハレの儀式に珍重され、甘味の代用にも使われたりと、白味噌は「嗜好品」として広がりを見せます。そしていつしか庶民にも浸透。京都の雅な食文化とともに発展していきました。

上手に取り入れ減塩食

外国人にも人気の調味味噌。西京白味噌をベースにしてあり、料理や食材に応じて使い分けるのもおもしろいですね。

ここで白味噌の栄養価にも注目してみましょう。昔から「みそは医者いらず」と言われるほど、健康増進に優れた食材であることはすでに周知の事実。科学的にも実証されています。しかし気になるのは塩分。普通の味噌は11~13%が平均なのに対し、白味噌は5%と低塩です。減塩を心がけている人にはおすすめの食材と言えるでしょう。味噌汁を毎日飲むなら、いつもの味噌を少し減らして代わりに白味噌をプラスするだけでも身体にやさしく、コクや風味にも変化が生まれ、食べる楽しみが広がりそうです。

海の向こうでも今ヘルシーな味噌にスポットが当たっています。店を訪れる外国人観光客には『酢みそ』や『柚みそ』など味付けされた味噌が人気。野菜のディップにしたりムニエルに合わせたりするらしく、概念を覆す斬新な料理は外国人ならではです。また本田味噌本店では白味噌の新たな可能性を求めて、さまざまなレシピをホームページ上で発信しています。

ベーシックな和食だけでなく、洋食へのアレンジも幅広く、なんとエッグベネディクトのソースにまで白味噌が登場。「レシピは料理学校の先生にお任せしていますが、白味噌は味が決まりやすいと言ってくださいます。調理の最後はだいたい塩コショウで味を整えるらしいのですが、白味噌を使うと自分の目指した味にぴたりとたどり着くので塩コショウは必要ないと。コクもプラスされるので、味に深みが出る点も高く評価していただいています」。健康面、調理面ともに優秀な白味噌をもっと積極的に取り入れたいものですね。

おいしい京雑煮はだしいらず

最後に、今回一番聞きたかったことを。白味噌仕立ての京雑煮を家で最もおいしくいただく調理のコツは何ですか。「もしかして、かつおや昆布で丁寧にだしを取っていませんか」と尾崎さん。ええもちろん。白味噌の芳醇な旨みに負けないようなだしを毎回準備していますが……。「それ、実は必要ないんですよ」。えっ、本当ですか! 家庭によって味わい方はさまざまあるものの、尾崎さんがお客さんに勧めているのは、お湯の中に直接白味噌を溶く方法。分量は1人前40g程度を目安にたっぷり使うのがコツ。「普通の味噌は1人前約20gなんですが、白味噌の場合はちょっととろみをもたせるくらいが本来の風味を楽しめると思います。よく水臭いとおっしゃるお客様がいらっしゃいますが、味噌が足りていないことをお伝えすると大抵驚かれますね」。かつおだしを使うと、かつおの香りや塩分が白味噌の甘さやコクのじゃまになってしまうのだとか。もしどうしてもだしが必要なら、昆布だしの薄いものを。具材は別炊きにし、餅と一緒に椀に盛ればすっきりと上品な京雑煮が家でも気軽に食べられます。お湯でいいなら手間いらず。ぜひお試しあれ。

(2015年11月 取材・文 岸本 恭児)