和田萬商店

小さな1粒に計り知れないパワーが宿るごま。食用だけでなくサプリメントや化粧品などにも広く用いられています。私たちが何気なく食べているごまは、どのような道のりをたどり食卓に届いているのでしょうか。大阪にある老舗ごまメーカーで聞きました。

和田萬商店

大阪府大阪市北区菅原町9-5 06-6364-4387
1883年創業のごまの老舗メーカー。国産ごまの取り扱いシェアではナンバーワンを誇る。初代・和田萬次郎氏が乾物問屋として看板を掲げ、三代目の和田栄三氏が洗いごまの販売を開始。1990年より家庭用小袋の販売に着手し販路を広げる。2002年には加工工場を八尾市へと移転。新製品の開発に力を注ぎながら、新規ごま農家の開拓や栽培指導も行う。看板商品である金ごまを中心に、アイテムは約100種類。ごまを使った健康食品やコスメへの応用にも取り組んでいる。

小さな粒は栄養の宝庫

ごまには、黒、白、金がありますが、外皮の色が違うだけで栄養面では大きな差はありません。

日本では精進料理にも使われてきたごま。世界三大美女の一人であるクレオパトラも美と健康のためにごまを食べ、ごま油を美容液として使っていたとか。古代から人々の注目を集めてきたごまは、皿の中で主役となるほどの華やかさはありませんが、弾ける食感と豊かな香りが、どんな食材とも相性抜群の名脇役。茹でた野菜と和えたり麺類の薬味として添えたりと、ひとさじで味の幅を広げてくれます。栄養面においても大変優秀。ミネラルやタンパク質、鉄分など豊富な栄養素を含み、特にカルシウムは100g中に1200mgと、なんと牛乳の約11倍にもなります。近年話題になっている成分といえばゴマリグナン。100g中に1%程度しか含まれていませんが、抗酸化作用があると脚光を浴び、研究が進められています。

日本の自給率は0.1%

ごまの収穫は秋。小さかったごま粒が植えてから5ヵ月ほどで目を見張るような成長を遂げています。

日本は世界第2位のごまの輸入国であり、年間に16万トンを消費するごま好き大国。最近はお菓子やドレッシングなど、ごまを使った加工食品もよく見かけるようになりました。私たちの食生活にとても身近な食材であるにもかかわらず、国内産のものに目を向けると量は激減。自給率はわずか0.1%の160トンほどしかありません。

昔は田んぼの畦道などで自家栽培されていましたが、時代の流れとともに姿を消してしまった結果がこの数字。99.9%を輸入に頼らざるを得ないのが現状です。「ここ2、3年で国内ごまの生産量はさらに少なくなり50トンほど。気候変動による豪雨や大型の台風が続いたことなどが大きく影響しているのだろうと思います。収穫量が減った分、希少価値もさらに高まり、外国産のものと比べると価格は10倍にまで高騰しています」と、近年のごま事情を語るのは、和田萬商店専務取締役の和田武大さんです。和田萬商店は大阪に本社を置くごまのメーカー。創業133年を迎えた老舗であり、国産ごまの取り扱いシェアではナンバーワンを誇ります。

クオリティを守る努力

この日訪れたのは、八尾市にある自社工場。工場の中にある倉庫では、国内外から仕入れたごまが袋に入り天井高くまで積み上げられています。庫内は常に20度以下に設定され、虫が発生しないよう厳重に管理。袋に目をやると、ナイジェリア、ミャンマー、エチオピア、ボリビアなど、それぞれのごまの生まれた地がマーカーで記されています。ごまの生育には高温多雨が適地。収穫や選別は機械化できず人手が必要なため、人件費の安い発展途上国が栽培の中心です。「白ごまは主にアフリカや中南米、黒ごまはミャンマーと東南アジアから、中東、トルコ、エジプトなどからは金ごまを輸入しています。なかでもトルコ産の金ごまは良質。香りが濃厚で味にコクがあり、当社の看板商品です」。和田萬商店では単一産地からの輸入を心がけ、海外の産地にも毎年足を運び、生産者と交流を行っています。外国産のものは味にムラが出やすいという欠点も、ブレンドすることにより均一化。こうしてクオリティを保っているからこそ、平均値の高い商品を消費者に届けることができると和田さんは言います。


国内産ごまを広げる活動

貴重な大阪産の金ごま。他と比べるとかなり色が濃いのが特徴。上品な味わいです。

国内産のごまについても質の良い産地を厳選。大分県や島根県からは金ごま、黒ごまは兵庫県丹波市や富山県、白ごまは鹿児島県の喜界島からと、関東以西が中心です。倉庫の奥にはわずかながら、大阪産と記された金ごまも発見。「商品になってしまうと国内産と外国産の味に大差はありませんが、国内産のほうが上品で繊細な味わい。特に大阪産のものは色が濃いけれど味は上品です」。

国産ごま栽培の拡大を目指して日本中を巡り、担い手となる農家を探すのも和田さんたちの大事な仕事。現在、契約農家は全国に400軒以上あり、無農薬、無化学肥料での栽培を徹底しています。春から秋にかけては栽培指導の専属のスタッフが全国を行脚。契約農家を回って直接指導を行うなど、品質を守るための地道な活動も怠りません。こうした取り組みの一方で、大きな壁となっているのが自然災害。有数の産地である九州はここ数年、異常気象や大規模地震に見舞われ、ごま農家も大打撃を受けています。

【コラム】中国のごま事情

中国もごまの主要な生産国の一つ。年間生産量は50~60万トンと世界第3位です。かつては輸出国でしたが、ここ10年ほどで世界第1位の輸入国へと急速に転換しました。理由は、国民の健康志向が高まり、国内でのごまの消費量が格段にアップしたから。日本と比べると中国の国内消費量は圧倒的で、その数は年間におよそ100万トン。世界年間生産量が350万トンなので、約3分の1が中国で食べられていることになります。

質と味を決める大事な工程

ごまを焙煎する炉。小窓から覗くと中は真っ赤。250度もの高温で一気に焙煎していきます。

収穫後のごま粒には砂や石、葉や茎の破片など、さまざまな異物が大量に混じっています。念入りに除去しなければ到底食べることができず、ごまメーカーにとって最も重要な作業がごま粒と異物を分ける選別です。「ごまを出荷する状態にもっていくまでには26の工程があるのですが、そのうち選別は13工程。焙煎は1回しか行わないのと比べると、選別の作業がいかに大事かということがわかってもらえると思います」。網で振るいにかけたり扇風機で風を当てたり。ゴミの種類に応じた選別が袋詰めされるまでに何度も何度も繰り返されます。

選別と同様に大事な工程が焙煎。焙煎室にも案内してもらいました。扉を開けるとむせかえるような熱気に襲われ、じっとしていても汗が流れます。室内は常時41~45度。作業をするスタッフたちにとっては過酷な環境です。熱気と共に立ち込めているのはごまの香ばしい香り。焙煎は熱風で行います。水洗いし脱水を終えたごまを約250度まで熱した炉の中に投入。すると、ごま粒が元気に踊りだします。焙煎時間は約2分。強火で短時間、焦がしめに仕上げるのが和田萬流です。


ごま焙煎職人の成せる技

毎年自社農園で行われる種まきの様子。小さな生のごま粒をまくのは思いのほか重労働です。

焙煎は味の核となる作業です。「方法は各メーカーによって少しずつ異なり、それが味の個性につながっています。1回に焙煎するごまの量もまちまち。30~40kgが主流ですが、当社では10kg前後と、少量ずつ焙煎しています。少量・短時間の焙煎は油断すると焦げてしまうことも多いので、大手では採用しにくい方法。しかし当社では、おいしさを極めるためにあえてこのやり方を通してきました。焦がしすぎるとクレームにもつながるので、ギリギリのラインを見極めるのが難しいところなんです」。

長年培った勘で焙煎を取り仕切るのが四代目社長の和田悦治さんです。悦治さんは唯一無二のごま焙煎職人。社長らしからぬ作業服姿で現場に入ると、朝8時から夜の8時まで焙煎機につきっきりです。焙煎後のごまを2分おきに舌で確かめ、瞬時に状態を判断。焙煎時間や温度を1秒1度単位で設定しなおしたり、量を調整したりしながら自慢の味へと育てていきます。「社長はこんな毎日を45年間続けています。他にも焙煎ができる社員はいますが、社長の生み出す味には遠く及びません」。焙煎を終えたごまは一粒一粒が艶やか。芳しい香りを放っています。焙煎したてをいただいてみると、口の中で勢いよくプチン。同時に広がる甘みと香ばしさの力強いこと。ごまの印象ががらりと変わりました。

自社農園が教えてくれること

発芽から1ヵ月以上経つとごまの花が咲き始めます。凛と可憐な姿は美しいのひと言。

奈良県葛城市にある自社のごま畑。何事も経験と、和田さんや社員たちは時間を見つけて畑に通い、近所の農家の手も借りながら、苗の植え替え、間引きの作業などに汗を流しています。ごま畑はオーナー制度を取り入れ、みんなで種まきをしたり、花の咲く季節には畑で花見をしたりと体験イベントも開催。そこには、収穫までのプロセスを楽しみながら、商品の裏側を少しでも知ってもらいたいという和田さんの思いがあります。

毎年5月になるとごま栽培が始動。生のごまを一粒ずつ畑にまいていきます。大地と太陽の恵みを受けてグングンと根を伸ばし、畑一面が淡いピンク色をしたごまの花で覆われるのが7~8月。花が散ると粒がたくさん詰まったさやができ始め、人の背丈ほどの大きさにまで成長。さやが成熟して割れ、ごまの粒が落ちてくる直前になると一気に刈り取ります。収穫後は10日ほど乾燥させて脱粒。ブルーシートの上でさやを叩いて粒を落していきます。1つのさやに入っているごま粒は80~90粒。最後はごま粒とごみを分ける選別を行い、みんなで1年を振り返りながら収穫の喜びを分かち合います。

「刈り取りから脱穀まではすべて手作業。これがとにかくしんどいとオーナーのみなさんはおっしゃいます。スーパーでごまの袋を見るたびに、ごまづくりは大変なんだと思うようになったと。心の変化は私や社員も同じ。自分たちの手でごまを育てるようになってから、農家の人たちの辛さや大変さが身に染みるようになりました」。何より栽培を大事にした商品づくりをしていきたいと自然と思えるようになったと言います。


直営ショップでの楽しみ

本社の隣にある直営ショップ「萬次郎 蔵」。蔵の重厚感を残しながらおしゃれにリノベーションしています。雨のあいにくのもお客さんは閉店間際間まで訪れていました。

本社の隣には、築210年を超える土蔵をリノベーションした直営ショップ「萬次郎 蔵」があります。約100種類の商品とともにおしゃれなすり鉢も並び、まるで雑貨店のよう。ゆったりと買い物が楽しめる落ち着いた雰囲気です。一角はテーブルとイスが配された小さなカフェスペースもあり、今夏からイートイン専用のオリジナルのスイーツも登場しました。たっぷりの有機黒ごまペーストと吉野本葛を合わせた特製くずあんの上に、涼しげな白玉団子を乗せたひんやりデザート「黒ごまくずあん」。和田さんがここでしか味わえないものをリーズナブルにと試行錯誤を重ねた自信作です。こっくり濃厚な口当たりと深みのある甘さ、すっきりとしたのど越し。店の名物になりそうです。店内では、気軽に参加できる料理教室や親子で学ぶ食育教室も開催。ごまをすり鉢ですったり臼と杵でついたりする昔懐かしい手仕事が新鮮と好評です。

【コラム】ごまの効果的な取り方

健康のためには1日に大さじ1~2杯程度を目安にごまを摂取するのが理想です。ただし粒のままだと栄養分を体内に十分取り込むことができないので、すりごまやペーストにしたものを選ぶのがおすすめ。食べるときは、1日分の量を一気ではなく「毎食少量ずつに分けて」がベスト。和田さんはいつもカバンにすりごまを忍ばせ、運転時の眠気覚ましやおやつ代わりにちょこちょこと食べているそう。無理なく続けることが何よりです。

ごまをもっと身近な食品に

昔ながらの道具を使って選別。参加した子どもたちも興味津々の様子です。

農家をサポートする活動、自社農園での取り組み、商品づくりへの姿勢。和田萬商店の仕事にはすべて「誠実」の二文字が重なります。「和田萬のごまを一度食べたら、もう他には戻れない」という声が寄せられるのも、味に誠実さがにじんでいるからなのでしょう。

さて、これからのビジョンは?「私が今考えているのは、ごまにもっと親しみを感じてもらえる仕事をしていきたいということです。ごまはコーヒーと似ているところがあります。産地も焙煎も。コーヒーはコーヒーにしかない魅力がきちんと研究されていて、消費者へのプレゼンテーションが上手。その結果人々の生活の中に深く入り込んでいる印象があります。生産者にフェアトレードとして還元している点もすばらしい。ごまもコーヒーにならい、追いつくのが目標です。それこそが私に託された役割なのかなと思っています」。和田さんの強い眼差しに、揺るぎない決意が感じられました。

(2016年7月 取材・文 岸本 恭児)