奈良県農業研究開発センター
季節は実りの秋。家々の軒先で見かける柿の木も、重たそうに枝をしならせています。柿は身近な果物ですが、その歴史や栄養素、食べる以外の活用方法についてはあまり知られていません。今回は、柿の魅力について専門家にうかがいました。
奈良県農業研究開発センター
加工科食品加工ユニット総括研究員 濵崎貞弘さん
奈良県農業研究開発センターで、1991年より柿の加工商品の開発と加工技術の研究に携わる。紅葉した柿の葉の長期保存技術や柿タンニンの高速抽出技術(特許)を独自で導き出し話題に。柿タンニンの高速抽出技術については2011年の園芸学会で年間優秀論文賞を受賞。2013年には柿渋のシンポジウムを開催するなど、柿のパワーを広める活動にも力を注いでいる。
奈良県は上質な柿の産地
完全甘柿の代表的な品種である富有柿。完全甘柿は一部を除き、日本固有の品種群です。
たわわに実った柿が今年も食べ頃を迎える季節となりました。柿は全国各地で栽培されていますが、収穫量・出荷量ともにトップクラスを誇っているのが奈良県です。県の特産品の一つとされ、五條市、 天理市、御所市、下市町などの産地では、刀根早生(とねわせ)、平核無(ひらたね)、富有(ふゆう)といったブランド品種が手塩にかけて育てられています。なかでも五條市西吉野町は県内最大の柿の産地。最盛期には1日200tもの生柿を出荷し、上質なことで知られています。
奈良県では柿の生産だけでなく、加工品の開発や食品以外の用途などを探り、柿を暮らしに役立てる研究を行ってきました。その活動を牽引してきたのが奈良県農業研究開発センターの濵崎貞弘さんです。20年以上に渡り、柿の可能性についてさまざまな面から研究に取り組んできた濵崎さんは、柿を知り尽くしたプロ。それでも、真の正体には迫りきれてはいないと言います。昔から私たちが慣れ親しんだ果物であるにもかかわらず、実は現代化学の力でもいまだ解明できていないことが多い食べ物。手のひらほどの果実には、まだまだ不思議が詰まっているのです。
甘柿と渋柿の違いとは
成熟する前の夏の青い実。柿渋づくりにはこの未熟な果実が必要で、真夏に収穫したものを使います。
みなさんご存じの通り、柿には甘柿と渋柿があります。甘柿は赤く熟すと食べ時。そのままかぶりつくとみずみずしく爽やかな甘さが広がり、追熟させるとトロッとろける果肉が濃厚です。一方の渋柿は、うっかりかじってひどい目に遭った人もいるのでは。甘柿と同じように赤く熟しておいしそうに見えて、食べると強烈な渋味に思わず顔をしかめてしまいます。日本には現在、1000品種にも及ぶ柿が存在していますが、そのうち甘柿が約4割に対し、渋柿は約6割と渋柿の方が断然多いのです。濵崎さんによると、柿として誕生したのは渋柿が先。甘柿の種子を土に植えてもおいしい甘柿は実らず、うまく成長してもまず 渋柿になるそうです。いかに渋柿の遺伝子が強いかということがわかります。
【コラム】甘さに秘められたカラクリ
柿の種類を細分化すると、完全甘柿、不完全甘柿、不完全渋柿、完全渋柿の4つに分かれます。このなかで収穫後すぐに食べられるのは、成熟すると木の上で勝手に渋味が抜ける完全甘柿と種子が入った不完全甘柿。種子が入っていない不完全甘柿 、不完全渋柿、完全渋柿は渋抜きをしないと食べることはできません。すべてが完全甘柿ならいいのですが、種類は少なく30ほど。完全甘柿は産地や時期が限定されるので、渋抜きをした渋柿もスーパーなどには並んでいます。たとえば、種なし柿としてよく売られている平核無は実は不完全渋柿。出荷前にアルコールや炭酸ガスを用いて脱渋することで甘い実に変わり、そのまま食べることができます。買ってきた柿が一様に甘いのには、このようなカラクリが隠されているのです。
再ブレーク中の「柿渋」
柿渋を利用した柿渋染め。絹、ウール、ナイロンは染めやすく、綿、麻、ポリエステルは染まりにくい。
渋柿の渋味のもとは柿タンニンです。タンニンはポリフェノールの一種で、緑茶やワイン、コーヒーにも含まれていますが、柿タンニンは別格。非常に濃度が高く、秘められた力も他より群を抜いています。
柿タンニンのすごさを実感できるのが柿渋です。柿渋は熟す前の若い柿の実を搾り、その抽出液を発酵・熟成させたもの。柿タンニンをたっぷり含んだ赤褐色の液体は、布を染めるのに使ったり、漁業用の網に塗ったりと、昔は人々の生活に欠かせない必需品でした。柿渋を使った毒流し漁法と呼ばれるものまであったそうです。このようにさまざまな場面で利用されてきた柿渋ですが、時代の流れとともに一時は姿を潜めていました。ところが近年、人気を再燃。柿渋(柿タンニン)を添加した商品が次々に発売され、ひそかに注目を集めています。
柿タンニンを医療にも応用
伝統的な柿渋づくりは果実を潰して発酵・熟成させるだけなので、昔は家庭でもよくつくられていました。
柿タンニンには防水や防虫、防腐効果があることがわかっていましたが、近年の研究によりさらなる優れたパワーが解明されてきました。まず一つは消臭効果です。加齢臭をはじめとする悪臭に対して有効とされ、柿渋を配合したせっけんは体臭を消すと話題に。食の分野では柿タンニン入りのラーメンも登場。小麦粉のタンパク質と結合して固まる性質が麺のコシを強くします。
柿タンニンの実力には医学会からも熱い視線が送られています。なかでも注目したい最新のトピックスは、ウイルスに対する効果を検証した広島大学の研究です。柿タンニンをインフルエンザやヘルペスといったさまざまなウイルスに試してみたところ、活動を抑制させることがわかりました。しかも、ウイルスによって効果にばらつきがあるわけではなく、テストをしたどのウイルスに対しても良好な結果を導き出しています。特筆すべきは、ワクチンや感染を防ぐ方法がないと言われていたノロウイルスにも極めて強い効果を示したこと。この画期的な発見は、医療現場への1日も早い応用が待ち望まれるところです。また、アンチエイジング、糖尿病や高血圧などの生活習慣病の改善にも有効なのではとの見方があり、研究が進められています。
日本における柿のルーツ
抽出した柿タンニンの液は赤褐色。果実1kgに対してできる柿渋は約2L。保湿効果があり、手がすべすべになるそう
日本での柿の歴史はかなり古くから始まったと言われています。しかし明確な記録が残っておらず、具体的な年代については曖昧。縄文時代や弥生時代の遺跡から柿の種が発見されているため、このころには日本に渡っていたという説や、大陸との交流が盛んだった飛鳥時代にはすでに日本にあったという説など、憶測はさまざまです。文献から紐解くと、確かな足跡は奈良時代。当時の事柄を記した『正倉院文書』には、干し柿の商いを行っている記録が残っているので、この頃の人々の間にはすでに柿を好んで食べる習慣があったのでしょう。
日本に柿の存在や食べ方を伝えたとされるのは中国です。南方の植物だった柿が中国に 伝わり、唐の時代に入ると庶民の間に甘味として広がって食用として認知されていきます。日本でも砂糖がない時代、柿の甘さはたいへん貴重でした。江戸時代には品種も増え、柿の栽培が盛んに行われるようになります。飢饉にも強いことがわかると、当時の農業書では柿の木を植えることを推奨しました。
【コラム】日本語がそのまま学名に
18世紀 に日本にやってきたスウェーデンの博物学者により 「Diospyros kaki(ディオスピロス・カキ)」という学名で呼ばれるようになりました。学名に日本語がつくのは非常に珍しいことで、海外のレストランなどではkakiと書かれているのを目にすることがあります。ちなみにDiospyrosは神の食べ物という意味。神社仏閣に柿の木が植わっている様子を見たその博物学者には、柿は神聖なものと映ったのかもしれません。
ことわざや言い伝えに見る柿
種のない柿は平核無柿といい、もともと種ができません。渋柿なので渋を抜いてから出荷され、接ぎ木でふやします。
日本には柿にまつわることわざや言い伝えがたくさんあります。有名な一つは「柿が赤くなれば医者が青くなる」。これは本来、柿が実をつけ赤く色づく季節になれば過ごしやすくなり、病気になる人も減って医者が困るという意味ですが、柿自体に、まさに医者が青ざめるほど優れた効能が備わっています。その真偽のほどを表しているのが「柿を食べると二日酔いが治る」という言い伝え。日本初の医学書『医心方』には、柿は二日酔いを癒すという記載があります。近年の研究によると、柿は血中のアルコール濃度を下げる効果があると報告されており、濵崎さんも実証済み。「お酒を飲む前に柿を食べるのが効果的ですよ」。
これはあくまで迷信に過ぎませんが「柿の木から落ちると3年後に死ぬ」という伝承もあります。この言葉に隠された真意とは何なのでしょうか。「柿の木は太く丈夫そうに見えて、実はもろくて折れやすい性質があります。大丈夫だろうと足をかけると落ちてしまうこともしばしば。毎年のように柿農家さんの誰かは柿の木から落ちていますし、危なっかしいところからきているのかもしれませんね」と濵崎さん。このように柿にまつわる言葉が多いことからも、日本人にとっていかに身近な果樹だったかをうかがい知ることができます。
干し柿のおいしさの秘密と栄養価
柿は生で実を食べるだけでなく、ひと手間加えることで味わいや用途が広がります。柿の加工食品として代表的なのは干し柿でしょう。干し柿には渋柿を用いますが、適した品種は市田柿(いちだがき)、平核無、堂上蜂屋(どうじょうはちや)、甲州百目(こうしゅうひゃくめ)など多数あります。渋柿を風にさらし干すことによって渋味が抜け水分が蒸発。甘味がギュッと凝縮され、ねっとりとした独特の食感が生まれます。なかには表面が白い粉状のものでうっすらと覆われている干し柿も。カビと勘違いしてしまう人もいるようですが、これは柿が本来持っている果糖やブドウ糖が、加工の過程でしみ出したもの。白い粉が多ければ多いほど甘味が強く濃厚である証拠です。
柿は生で食べてもビタミンCやカリウムなど多く含み栄養価は豊富ですが、干し柿にすることで、さらに栄養価は高まります。高い抗酸化力のあるカロチノイドとカリウムは生柿の3倍、ビタミンAは2倍にアップ。特に食物繊維はドライフルーツの中でもっとも多く、腸の調子を整えるのにおすすめの食品です。ただし、生柿と比べるとビタミンCは格段に減少し、カロリーは大幅に上昇。干し柿1個(100g)あたりで276キロカロリーと、ごはん1膳分にも匹敵しますので、ダイエット中の人や食事制限がある人は食べ過ぎに気を付けたほうがよさそうです。
【コラム】おいしい干し柿の作り方
家庭で干し柿をつくるときは失敗を避けるため、5つのコツを押さえておきましょう。
上手にできれば1~2か月弱で食べ頃になります。
●失敗しないコツ
①つくる前に天気予報をチェック。カラッと晴れた日が続くときを選びましょう。
②皮をむく包丁などの道具はアルコール殺菌し、清潔な環境を整えておきます。
③皮をむき終わったらカビ予防のために実を熱湯にくぐらせて消毒し、適当に間隔を空けて縄や棒に付けていきます。
④干す場所は最初の1~2日は日向で、その後は風通しの良い日陰が適所です。
⑤1~2週間ほどで表面が乾いてきたら、ときどき実をやさしく手でもむと水分が出やすくなります。
捨てないで!柿の葉とヘタ
柿の葉の特性をうまく利用した柿の葉寿司。柿の葉は新鮮なものが不可欠。地元のスーパーにも売っているそう。
柿のパワーは果実だけに終わりません。食べるときに捨ててしまうヘタや葉にも優れた栄養成分が含まれています。ヘタには薬効があり、中国では古くから柿蒂(シテイ)という名の漢方薬として用いられてきました。柿蒂はしゃっくりが止まる特効薬。ヘタを乾燥させて煎じ、煮出したものを飲みます。
柿の葉にはビタミンCとポリフェノールがたっぷり。特にビタミンCは果実よりはるかに高濃度です。葉に含まれた栄養素を効率よく摂取する方法としておすすめなのが柿の葉茶。家庭でも手軽にできます。葉を洗って乾燥させたものを細かく砕き、紅茶と同じようにポットで数分蒸らしてカップに注ぐか、お湯の中で数分間煮出すだけ。ほんのりと甘みがあり、カフェインレスのやさしい飲み物ないので、妊婦さんや小さな子どもも安心して飲むことができるでしょう。
酢飯の上にはサバが一般的ですが、サーモンやウナギなどバラエティに富んだものもあります。食べると柿の葉の香りがほんのり。
奈良県には柿の葉を使った柿の葉寿司という郷土料理もあります。これは、小ぶりにまとめた酢飯にサバなどの魚を薄切りにして乗せ、柿の葉でくるりと巻いた押し寿司です。もともとは田植え時期のごちそうとして振る舞われていたローカルフードでした。わざわざ柿の葉に巻くのは、葉が持つ抗菌作用で寿司の保存性を高めるためで、昔の人が生活の中で生み出した知恵。今はお土産としても人気があり、地域によっては家庭で手づくりする習慣が残っています。
「柿の葉は品種によってまん丸だったり笹の葉のように細長かったり、硬かったり軟らかかったりと状態が異なります。柿の葉寿司に使う葉は何でもよいというわけではなく、適した葉があるんですよ。私たちが比較した中で特に優れていると考えるのが法蓮坊(ほうれんぼう)の葉。在来の古い品種で軟らかく、巻きやすいと好まれています」。濵崎さんたちは柿の葉寿司に最適な葉を探したり、栽培方法の研究にも力を注いでいます。
参考文献:濵崎貞弘(2016)『柿づくし』農山漁村文化協会