船穂町農業後継者クラブ

1年を通して雨が少なく温暖なことから「晴れの国」とも呼ばれる岡山県。穏やかな気候風土は農産物の栽培に適し、桃やブドウなどの果物の産地として発展してきました。特にマスカット・オブ・アレキサンドリアの生産量は日本一。生産者たちが技術を駆使し、品質の向上に努めています。

船穂町農業後継者クラブ

岡山県倉敷市船穂2907-2 086-552-5000(JA岡山西 船穂直売所)
地元でマスカット・オブ・アレキサンドリアや全国2位の生産量を誇るスイトピーといった特産物の栽培を受け継ぐ。メンバーは平均年齢約36歳の若手を中心に新規就農者や後継ぎ農家などで構成。ブドウ農家はより良い味と香りを求め農作業に汗を流す一方で、子どもたちへの食育活動や販促活動なども積極的に行い、特産物の魅力を伝えている。

一大産地の倉敷市船穂町へ

ハウスが続く船穂町の丘陵地。日中はたっぷりと太陽の光を浴びることができる環境が健やかなブドウを育てます。

世界中に1万品種以上もあるといわれるブドウ。海外ではワインの原料に用いられることが多いですが、日本では生食や加工品として親しまれ、古くから人々の身近にありました。数ある品種の中でもマスカット・オブ・アレキサンドリアは「果物の女王」や「陸の真珠」とも称され、デパートやフルーツ専門店などで高値が付けられる高級品。その歴史は長く紀元前から食べられてきたもので、気品ある香りと濃厚な味、透き通るようなエメラルドグリーンはかのクレオパトラも魅了したといわれています。

岡山県は昔からマスカット・オブ・アレキサンドリアの栽培が盛んで、全国生産量の実に9割以上を占めています。県南部に位置する倉敷市船穂町は特にマスカット・オブ・アレキサンドリアを育てる農家が多い主産地。3代にわたってブドウ栽培を続けている浅野貴行さんとフレンチシェフからブドウ農家へ転身した松井一智さんは、切磋琢磨し産地を盛り上げる若き生産者です。産地の将来を担う船穂町農業後継者クラブの一員としても活躍しています。

先人たちの努力があってこそ

浅野さんのブドウ畑。実るほどに収入は上がりますが、木への負担が大きく弱りやすくなってしまうので加減も重要です。

生産者には通称「アレキ」と呼ばれ、愛情いっぱいに育てられているマスカット・オブ・アレキサンドリア。原産国はエジプトで高温・乾燥を好み、寒冷地では育たない品種です。岡山県にマスカット・オブ・アレキサンドリアが渡来したのは今から約130年も前のこと。数々のブドウの産地が栽培にチャレンジしたものの失敗が続き、唯一岡山県だけが成功にこぎつけることができました。

船穂町が本格的に栽培に乗り出したのは昭和26年から。浅野さんが先輩たちから聞いたところによると、最初はなかなか品質が安定せず、他の産地からお荷物扱いされたこともあったそうです。それでも先人たちは諦めず、長い歳月をかけて環境に適した方法を模索し続けました。その結果、マスカット・オブ・アレキサンドリアの一大産地として不動の座を築くことができたのです。

研究を重ねた加温栽培

加温機は重油で稼働。地面のダクトが膨らみ地温を温め根を動かします。重油代がかさんでしまうのは農家にとってつらいところ。

加温栽培とは冬場にハウス内を温め、木の生育を促す方法のこと。通常は冬になると木が冬眠状態に入り活動を休止してしまうのですが、それでは市場の需要期に間に合わず、一番の売り時を逃してしまうことも。そこでハウス内に加温機を設置し、木が活動を続けられる温度に環境を整備。冬場も生育を促すことで早い時期からの出荷が可能になりました。一方の無加温栽培(冷室)とは、ハウス内を加温せず自然の環境で栽培する方法です。産地では12~1月ごろから作業を開始する早期加温に始まり、2~3月には加温へと移行。気温が高くなるころには無加温へと切り替え、生育期と収穫期を少しずつずらすことでおいしいマスカット・オブ・アレキサンドリアをできるだけ長く消費者に届けられるように工夫しています。

船穂町では早期加温よりも早い時期から発芽を促すことができる温度帯を探り「極早期加温栽培」を確立したことで産地として大きく飛躍することができました。初出荷を迎えるのは毎年5月末ごろ。需要が最も高まる7月からお盆の時期にかけて収穫のピークを迎え、9月いっぱいまで産地をリレーしていきます。


栽培を助けたハウスの進化

粒にうっすらとついている白いものがブルーム。ブルームの有無が品質の良さを見極める一つ。

船穂町でのマスカット・オブ・アレキサンドリアの栽培はハウスが中心。平地だけでなく丘陵地にも連なる白い屋根が産地の勢いを物語っています。温室栽培技術向上の陰には、このハウスの発展も欠くことはできません。

マスカット・オブ・アレキサンドリアの生育に適した環境に整えるため、岡山県の生産者たちが採用したのがガラス温室です。温室栽培で温度や湿度を安定させたことで質の良いブドウを収穫できるようになりました。しかしガラス温室は規格が厳密に定められており、平地でないと建てられないなど農家にとっては不都合な面も。そこで船穂町の生産者たちが目を付け、いち早く導入したのがビニール被覆式のパイプハウスです。扱いやすくいびつな土地でも建てられるのが魅力。ガラス温室より低コストであることも普及に拍車をかけました。今では多くの農家がパイプハウスで栽培し、研究と工夫を重ねながら、さらなる品質の向上を目指しています。

難しさの中にやりがいを実感

糖度16度以上が出荷の目安。その他にも厳しい審査基準が設けられており、高い品質が保たれます。

ブドウ農家の間では「アレキを作ることができればどんな品種のブドウも作れる」といわれるほど、マスカット・オブ・アレキサンドリアは栽培が難しく手間のかかる農作物です。「他のブドウと比べると作業工程が多いので、作るのにかなり根気が必要なんですよ」と松井さん。しかしコツコツと手塩にかけて育てるからこそ他の産地には負けない逸品が生まれると胸を張ります。

新規就農者の松井さんは7年前に船穂町に移住。ブドウ農家に弟子入りし、栽培についての基礎を学び独立しました。浅野さんは祖父から父、父から子へと代々直接手を返し伝えられてきた技術を守っています。そのうえで、各々自身の経験から培われた技と知識をプラスし、時代に即したブドウ作りに取り組んできました。

マスカット・オブ・アレキサンドリアは農家ごとに味や香りを追求。個性のある果房に育つようようさまざまな工夫が施されています。品質を高めるうえで重要になってくるのが、生育状態に合わせた温度管理、湿度調整、水分コントロールです。この3つをどれだけうまく操ることができるかが生産者の腕の見せ所。方法は農家ごとに異なり、わずかな違いが仕上がりを大きく分けます。

見た目の美しさも価格に影響

「粒の大きさが均一にそろい、並んでいて品があるブドウができれば農家としては最高」と浅野さん。

収穫するまでに要する期間は6ヵ月弱。その間生産者たちは休む間も惜しんで手入れを行います。繊細な実を扱うため作業中は気を緩めることができませんが、とりわけ集中し時間をかけるのが房を整える作業。店頭に並ぶ美しく粒がそろった円筒形の果房はブドウ本来の形ではなく、農家が念入りに成形したものです。何も手を施さないでいると自由に実をつけ、粒が不ぞろいで味も未熟なまま。見た目の美しさも価格にかかわる大事な要素となることから、一粒を大きく食味良く育てるためには徹底した管理が必須なのです。

実の大きさやなり方にばらつきが出ないよう、生産者は成長に応じて摘粒(粒まびき)を行います。摘粒とは一房になる実をある程度まで減らし、一粒が大きくバランスよく育つようにすること。どの粒を残すかが最終的な美しさや全体の味につながり、生産者の経験とセンスが問われます。


経験とセンスで房をデザイン

ピンセットばさみは作業に欠かせない道具。粒をそろえたりするときに使います。ブルームがはがれたり粒に傷がついたりしないよう、手のひらにフィルムを置いて慎重に収穫します。

浅野さんがおもむろに取り出したのは畑作業の相棒であるピンセットばさみ。摘粒を行うときなどに欠かせない道具です。「ランダムな方向になっていたり寝ている粒を起こし、正面を向くようそろえたり粒同士で支え合うようにして、最終的に美しい“面”に整えます」。

松井さんも出来上がりの房の形を思い描きながら作業を行うそう。「イメージする形が生産者ごとに少しずつ違い管理方法も違うので、自然と出来上がりにも違いが生まれて個性が出るんですよ。同じアレキでも、生産者同士は見ただけで誰が育てたものかがわかるんです」。

デリケートな粒を傷つけないよう慎重に作業を進める姿は、まるでわが子を愛おしむかのよう。こうして丹精込めて育てられた一房は細心の注意を払って箱詰めされ、店頭に並べられます。

【コラム】白い膜の正体は

マスカット・オブ・アレキサンドリアの粒をよく見てみると、表面がうっすらと白い膜で覆われているのがわかります。農薬や汚れと勘違いされやすいのですが、これはブルーム(果粉)と呼ばれるもの。病気などから粒を守るためブドウ自身が作り出しているものです。鮮度を保つ効果もあり、いわば天然のワックスといったところ。ブルームがしっかりと付いていることは新鮮さの証です。繊細ではがれやすいため、収穫時は手のひらにフィルムを置き丁寧に枝をカットするのが鉄則。店頭ではブルームがあるかどうかを目安にすると、よりみずみずしいブドウを購入することができます。

産地で起こっている人気の変化

一番粒がそろった“顔”が正面にくるよう意識して箱詰めされ、デパートやフルーツ専門店などに並びます。

高級フルーツとして長らくトップに君臨していたマスカット・オブ・アレキサンドリアですが、このところは低迷気味です。絶頂期の平成9年は、船穂町だけで約10億あった販売額もみるみるうちに減少。作付面積の縮小も顕著です。

「船穂町におけるアレキの今の作付面積はピーク時の3分の1程度。平成9年には25ヘクタールあったものが平成16年になると20ヘクタールにまで減り、平成22年には10ヘクタールになりました。現在は7ヘクタール弱にまで落ち込んでいます」と浅野さん。この厳しい現状に生産者たちは皆頭を抱えています。

「作付面積が減少しているのは、アレキだけを専作する農家が少なくなってきたためです。近年はシャインマスカットや瀬戸ジャイアンツといった新しいブドウが台頭してきており、農家はより需要の多い品種の作付を増やす傾向にあります。少し前までは瀬戸ジャイアンツがマスコミにたびたび取り上げられて一躍話題になり、今はシャインマスカットが一番人気。どちらもすでにアレキの出荷量を逆転し、両者とも価格が高騰しています」。手軽さや経費が抑えられることも生産者が心移りする理由です。


ブームに押されないために

JA岡山西 船穂直売所では採れたてのフレッシュなマスカット・オブ・アレキサンドリアを販売しています。箱に書かれた“まるふね”はブランドの証。生産者たちは産地の誇りを忘れず、上質なマスカット・オブ・アレキサンドリアを作り続けます。

また、フルーツに流行があることもマスカット・オブ・アレキサンドリアの人気に影を落としていると浅野さんはいいます。

「瀬戸ジャイアンツやシャインマスカットが好まれるのは、消費者がより変わったものや新しい味を求めるからでしょう。種なし品種であることも大きいと思います。アレキは種あり品種なので、やはり買うとなれば食べやすい方に手が伸びますよね。フルーツのブームは定期的にやってくるもので、時代の流れで消費者が離れてしまうのは仕方がないこと。産地ではこれまでも新しい品種が生まれては消えていきました。そのなかで130年以上の歴史を持つアレキは稀有な存在。現在登録されている品種の多くがアレキの系統を受け継いでいます。築き上げた伝統は僕たちが守っていかないといけないと思っています」。強い使命感は若手生産者の中に共通してあります。

若手農家が支える未来

船穂町後継者クラブの浅野貴行さん(右)と松井一智さん(左)。産地の発展のため日々懸命に努力を続けています。

地元の若手生産者を中心に構成されている船穂町農業後継者クラブはここ数年で加入者が増加。浅野さんたちは若い力を集結し、産地の将来を見据えた活動を広げています。

しかし森さんはその流れをよしとはしません。「奈良漬は奈良で生まれた食べ物。やはり奈良で育った野菜を使うのが一番おいしい」という持論に従い、信頼のおける契約農家に栽培を委託。多少値が張ってもできる限り県内産の野菜にこだわります。また、奈良伝統の野菜にも思いを寄せてきました。しょうがの奈良漬には辛味が強く筋のない奈良在来の小しょうがを採用。さらに新たな味を求め、目を付けたのが大和三尺と呼ばれるきゅうりです。

「農家が主体になって加工業者とタイアップし、アレキを使った新しいスイーツを企画したり、ホテルとコラボしてパフェを作ったり。どうしても出てしまうロス部分を有効活用してもらえるよう働きかけを行っています。それぞれの販売数量自体は少ないですが、カタログに載ったり口コミで広がったりする宣伝効果を期待しています」。こうした地道な活動が実を結んでいるのか、勢いが鈍化していた単価も最近ではV字の回復が見られるようになってきました。

「現在はアレキの年間収穫量が95.5トン、単価が1kg当たり2850円まで戻りました」と浅野さんは安堵の笑みを浮かべます。とはいえ、ブドウの生産量1位、2位を争う産地とは比べものにならないほど、そもそも作付面積が少ない地域。美しく粒の並んだブドウを作ろうと思うと生産量には限界があるといいます。量より質で勝負したいというのが船穂町の生産者たちの本音。 「僕らが目指すのは高品質高単価なアレキ。他の産地に埋もれることなく“まるふね”のブランドに誇りとプライドをもってこれからも良いものを届けていきたいと思います」と口をそろえる浅野さんと松井さん。若手の高い志が産地の未来を明るく照らしています。

(2017年7月 取材・文 岸本 恭児)