食物アレルギー

フルーツや魚介類を食べたときに、口やのどにかゆみやピリピリ、イガイガなどの違和感を覚えたことはありませんか。もしかしたらそれは食物アレルギーの症状かもしれません。今回は食物アレルギーの治療や研究を専門とする園田学園女子大学 食物栄養学科 教授の末廣 豊先生に、疾患にまつわる基礎知識から最新事情までをうかがいました。

園田学園女子大学 食物栄養学科 教授 末廣 豊先生

食物アレルギー、気管支ぜんそく、アトピー性皮膚炎のスペシャリスト。大阪府済生会大阪乳児院院長を務めるかたわら、大阪府済生会中津病院の小児科、免疫・アレルギーセンターにも勤務し、長年にわたり専門医としてアレルギーに苦しむ数多くの患者を治療。2018年4月より園田学園女子大学の食物栄養学科教授に就任。また、定期的に院内で小児食物アレルギー教室を開催し、疾患に対する正しい知識を広めるとともに、アレルギー発症時の適切な対処法などを指導している。公益財団法人日本アレルギー協会 関西支部 評議員。
公益財団法人日本アレルギー協会 公式ホームページ http://www.jaanet.org

食物アレルギーって?

食事について日ごろから気をつけなければならない病気はいくつもあります。なかでも特に注意が必要なのが食物アレルギーのある人たちです。

食物アレルギーとは、ある特定の食べ物を口にしたときに、普段は体を守るはずの免疫機能が過剰反応を起こし、じんましんや咳、嘔吐、腹痛などのさまざまな症状を引き起こすことをいいます。場合によっては命に関わるほど重篤な反応を起こす危険性もあり、油断はできません。近年、食物アレルギーは子どもの代表的な疾患の一つとして知られ、その患者数は気管支ぜんそくやアトピー性皮膚炎を上回り、年々増加傾向にあります。また、子どもだけでなく成人になってからも発症することがあり、苦しい思いをしている人も少なくありません。

原因となる食品1位は鶏卵

【原因食品の内訳】
「食物アレルギー診療ガイドライン2012」(日本小児アレルギー学会食物アレルギー委員会)より引用

「食物アレルギーは乳幼児期に発症することが多く、0歳台の赤ちゃんの約10人に1人に見られます。けれども、成長とともにその数は減るのがこの病気の特徴でしょう。5〜6歳以降は2.5%前後で4分の1くらいになります。しかしこの段階でまだ症状のある人は成人になるまで続きます」と末廣先生。

食物アレルギーの原因となる食品は人によって異なり、原因物質をアレルゲン(抗原)と呼びます。3歳までのアレルゲンの1位は圧倒的に鶏卵。次いで牛乳・乳製品、小麦製品と続きます。乳幼児期に発症し、鶏卵や牛乳・乳製品、小麦製品がアレルゲンとなっている人は、多くの場合成長するにつれ症状が軽くなります。一方、成人で食物アレルギーを発症するケースでは、エビ・カニといった甲殻類によるアレルギーの頻度が高くなり、ナッツ類、フルーツ、魚もアレルゲンとして挙げられます。これらをアレルゲンに持つと年齢を重ねても治らないことがあり、小児より症状がきつく出るのも特徴です。日本では毎年3人程度が食物アレルギーによるアナフィラキシーショックで亡くなっています。


症状は全身に及ぶことも

では食物アレルギーになるとどのような症状が出るのでしょうか。発症部位や症状の程度には個人差がありますが、一般的に症状が出やすいとされているのが口と皮膚。口の中にピリピリやイガイガとした刺激を感じたり、唇や舌が赤く腫れ上がったり、皮膚にはかゆみを伴うじんましんや赤みが広がったりします。 そのほかの主な症状は以下の通りです。

1)目のかゆみ、充血、まぶたの腫れ
2)くしゃみ、鼻水、鼻づまり
3)咳が出る、息苦しい、ヒューヒュー・ゼーゼーするなどの呼吸器症状
4)腹痛、吐き気、嘔吐、下痢などの消化器症状
5)脈が不規則、血圧低下、手足が冷たいなどの循環器症状
6)ぐったりして元気がない、意識がもうろうとしている   など

いずれの症状も発症までの時間は人によって異なります。食べたり接触したりするとすぐに現れることもあれば、半日以上経ってから始まることもあり、体の異変に気を配っておくことが大切です。

発症しても、部分的な皮膚の赤みのみにとどまるなど症状が比較的軽めなときは、慎重に経過観察を行い、病院から処方されている薬を飲むなど適切な処置を施せば心配はいりません。けれども、血圧低下や意識障害などを伴うアナフィラキシーショックや呼吸困難が起こったときは、命に関わる可能性があり非常に危険です。末廣先生は「全身症状が出て体がだるかったり頭がぼーっとしてきたときは、アドレナリン自己注射用ペン型注射器(エピペン®)を持っている人はまず自分で打ち、その後速やかに医療機関へ行ってください。また、3回以上の嘔吐が続くときは即救急車を」と呼びかけます。

皮膚からもアレルゲンは侵入する

ここ数年の研究で、食物アレルギーはアレルゲンとなる食品を食べて発症するだけでなく、皮膚からアレルギーの原因物質が入り込み、引き起こされることも明らかになってきました。これを経皮感作(けいひかんさ)といいます。

「人間はウイルスやばい菌などの外敵から身を守るため、全身を皮膚に覆われていますが、その厚みはわずか10ミクロンとラップ1枚程度。特に赤ちゃんや幼い子どもの繊細な皮膚は湿疹などになるとすぐに傷ついてバリア機能が破壊されてしまいます。バリア障害を起こした皮膚がアレルゲンに触れると、体内に侵入し食物アレルギーになってしまうのです」と末廣先生。また、イギリスでピーナッツを食べるとアナフィラキシーショックを起こす人を調べたところ、90%以上が赤ちゃんのときにピーナッツローションでケアされた経験があったことがわかり、経皮感作と食物アレルギーの関係性を裏付けるとして注目されました。

赤ちゃんのころから皮膚を健康に保つことや、アトピー性皮膚炎のある子どもに対しては適切な治療と十分な保湿を行い、しっかりとバリア機能を回復させることは食物アレルギーの予防・治療につながるといえます。

花粉症との意外な関係

花粉症が引き金となり食物アレルギーを発症する例も年々増加しています。末廣先生によると、生のフルーツや野菜、ナッツ類にはスギやヒノキ、ブタクサなどの花粉のアレルゲンと共通するアレルゲンが含まれているとのこと。たとえば、スギ・ヒノキ科の花粉はトマトと関連性があり、スギ・ヒノキ科の花粉でアレルギーが起こる人は、トマトを食べたときもアレルギー症状が出ることがあります。ハンノキやシラカンバはリンゴ、モモ、イチゴ、メロン、豆乳など、さまざまな身近な食べ物との関連性が報告されており、知らずに食べ続けて症状が悪化してしまう人もいます。さらにハチミツも要注意と末廣先生。

「ハチミツは製造過程で除去しきれない花粉が混じっており、そばアレルギーのある人はそばの花から採取したハチミツを食べるとアレルギーを引き起こすことがあります。重篤な症状になるまでに、口の中がピリピリしたり軽めの症状が出るはずなので、少しでもおかしいなと感じたらすぐに食べるのをやめること。その後も絶対に食べてはいけません」。 花粉症から食物アレルギーになる人は年齢を重ねても引き続き悩まされることが多いので、深刻になる前に一度専門医の診察を受けておくと安心できるでしょう。


近年増加している理由とは

食物アレルギーに限らず、近年アレルギー疾患の人が増えてきているのはなぜなのでしょうか。これにはさまざまな要因が複雑に絡み合っており、現段階で特定するには至っていませんが、考えられるいくつかを末廣先生は次のように話します。

「大きな理由の一つとして挙げられるのは腸内細菌の変化でしょう。さまざまなウイルスと戦うために人間の腸内では多彩な細菌が活動し、全身の免疫を司っています。昔は数千とも言われた腸内細菌の種類も、世の中が清潔になり、ウイルスや細菌は抗生物質で撃退できるようになった今では激減。免疫機能がうまく働かなくなり、本来攻撃する必要がないものまで攻撃してしまってアレルギーを引き起こしているのだという説があります」。
また、エピジェネティクス(後天的遺伝子抑制変化)との関係性にも焦点が当てられるようになってきました。エピジェネティクスとは、生まれ持った遺伝子配列そのものに変化が起こるのではなく、環境など何かしらの理由で遺伝子の発現パターンが変化することです。母体がエピジェネティクスによりアレルギーを発症した場合、子どももアレルギー体質になる確率が高いといわれています。

さらに最近は、ファストフードやお菓子、ジュースに含まれる糖分や脂質の取りすぎによる腸内環境の破壊が免疫力の低下につながり、アレルギーを誘発しているとの見方もあります。

発症したらアレルゲンの特定を

「食物アレルギーかも」と疑いを抱いたら、中学生以下の子どもは小児科、高校生以上は内科を受診しましょう。いずれもアレルギー専門医がいる病院で相談するのがベストです。日本アレルギー学会のホームページ(http://www.jsaweb.jp)では、専門医がいる近隣の施設を簡単に検索することができるので、いざというときは利用するのも一案です。

食物アレルギーの疑いがある場合、まずはアレルゲンとなる食品が何かを特定することが重要です。そのために医療機関では丁寧な問診を行い、血液検査や皮膚テストを実施します。食べたものやアレルギーを発症した際の症状の程度を一定期間記録しておくと問診時に役立つでしょう。そのうえで、疑いのある食品を食べないで様子を見る除去試験を行い、アレルゲンを特定していきます。問診や検査だけではアレルゲンがはっきりしなかったときは、専門の医療機関で食物経口負荷試験を行います。これは、アレルゲンと考えられる食品を実際に食べてみて、アレルギー症状の有無や程度を調べるための検査です。


必要最低限の除去で対応

食物アレルギーであることが確定すれば、症状が出たときに使用する治療薬を処方してもらい緊急時の対処法を教わります。また同時に治療を開始します。残念ながら今のところ食物アレルギーを根治に導く薬はなく、アレルゲンを除去した食事療法が基本的な治療になります。しかし末廣先生は「除去するだけでは余計に食べられなくなり、栄養の偏りも懸念されるため、成長期の子どもにはもっと本質に迫った根本的な治療を行うべき」と指摘します。

先にも述べたように、乳幼児期で発症した場合は成長するにつれ症状が緩和されていくケースが大半です。近年はアレルゲンをすべて除去してしまうのではなく、食物経口負荷試験で安全に食べられる範囲を探り、早期から少しずつ摂取することで体を慣らしていく治療が積極的に実践されるようになりました。ただし食べられる範囲を自己判断するのは危険です。必ず医師の指示のもとで治療を行いましょう。

緊急時に注意すべきこと

食物アレルギーはいつ何時症状が出るか予測ができません。一度でもアナフィラキシーを起こした人は常に病院から処方された治療薬やアドレナリン自己注射用ペン型注射器(エピペン®)を携帯し、万が一に備えてください。また発症した際慌てないために、救急時の対応としてやってはいけないことも押さえておきましょう。

【NG行為1】症状が出ているのに、走ったり階段を駆け上がったりすること。血の巡りを良くする行為は症状の悪化を招きます。
【NG行為2】症状が出ている時に、急に立ち上がること。血圧低下につながり身体に危険が及ぶため、搬送時もストレッチャーに頼りましょう。

周囲の協力と自覚が不可欠

食物アレルギーの子どもを持つ親は、日常の食生活に気を配り、特に食中・食後は小さな体の異変も見逃さないようにすることが大事です。また給食でのトラブルを避けるために原因食は必ず学校側に知らせて対応をお願いしましょう。アレルギーのことは家族全員が正しく認識しておくことが大前提ですが、末廣先生は何より本人が病気について必要最低限の知識を持っておくことが重要だと強調します。

「食物アレルギーは幼いころに発症するケースが多いので、身体管理がどうしても親任せになってしまう子が多いようです。けれども、せめて小学生になったら薬の名前を覚え、自分で服薬できるようになっていてほしいものですね」。

食物アレルギーに関する情報は随時更新されます。アレルギーの克服に向けて活動している公益財団法人日本アレルギー協会(http://www.jaanet.org)では、各地域で市民向けのアレルギー講座を開催したり、ホームページで一般の人に広く情報を提供したりしていますので、参考にしてみてはいかがでしょうか。

参考資料:「よくわかる食物アレルギー」公益財団法人日本アレルギー協会
「ぜんそく予防のために食物アレルギーを正しく知ろう」独立行政法人環境再生保全機構

(2018年4月 取材・文 岸本 恭児)