薬膳料理 茉莉花(ジャスミン)

お茶どころで知られる京都府宇治市。JR宇治駅から平等院鳳凰堂までを結ぶ商店街を脇に逸れた小さな路地に、静かな佇まいの店があります。中国・上海出身の店主が妻と営む薬膳料理店「茉莉花(ジャスミン)」。じんわりと体と心に染み入る優しい一皿からは丁寧な仕事ぶりがうかがえ、店主の温かな人柄とも重なります。

薬膳料理 茉莉花(ジャスミン)

「大切な家族や友人に振る舞う手料理のように、安心して口にできるものを作りたい」と、2008年にオープン。以来、「キレイ&健康」をテーマに掲げた薬膳料理を提供している。中国・蘇州の家庭料理をベースにした月替わりのメニューは食材の旬に重きを置き、季節によって変化する体調に寄り添い立案。摂るべき食材を選りすぐり、一品ずつ手間暇をかけた料理が評判を呼んでいる。ランチの営業は水〜日で予約優先、ディナーは金・土・日(要予約)のみ。

京都府宇治市宇治妙楽169-7
0774-23-3753
http://uji-jasmine.jugem.jp/

こだわり食材からあふれる滋味

落ち着いた趣の店内。インテリアからは異国情緒が感じられます(画像上)。席につくと出されるのは店名と同じジャスミン茶。夏は冷たく、冬は温かな一杯におもてなしの心が感じられます(画像下)。

「予約客が絶えない薬膳料理の店が京都にある」と、手にした情報を頼りに宇治市へ。店を訪れたのは14時。ランチ時のピークを過ぎているのに店内は満席で、ゆったりと食事を楽しむ人たちの笑い声に満ちています。席に着くと、まずはおもてなしのジャスミン茶が目の前に。乾いた喉を潤し、華やかなアロマにほっと一息。お茶一杯にも粋な心遣いが感じられ、これから出てくる料理への期待が高まります。

上海粥やスペアリブ、もち米シュウマイなど、手の込んだメニューに目移りしながらオーダーしたのは「高麗人参入り旬野菜のポトフ膳」。運ばれてきた土鍋からは湯気がこぼれ、蓋を開けると食欲をそそる豊かな香りが立ち上ります。1本丸ごとの高麗人参、やわらかく煮込まれた大きな三元豚に加え、ニンジン、ジャガイモ、サヤエンドウ、ミョウガなどくっきりと風味の濃い野菜も主役。薬膳料理らしいショウガやクコの実、ナツメ、キクラゲなどもたっぷり入り、土鍋を底からすくってみると次から次へと具材があふれてきます。黄色のひも状をしたユニークな食材は、日本では珍しいゆりの花のつぼみ。やや酸味があるのが特徴で、食感も良く薬効が豊富です。

多彩な食材の競演。どれほど濃密な味なのだろうかとスープを飲んでみると、予想に反し、上品なコクとキレの良い後味。クセもまったくありません。やさしい塩味に具材同士の奥深いうま味が上乗せされ、口に運ぶたび染み入る滋味。作り手の真摯な姿勢を感じる一品です。

味に深みを与える「竹スープ」

店主の程 樹民さんはいつもにこやかで親しみやすい人柄。日本に来て独学で調理技術を身につけ、薬膳料理店を開きました(画像上)。色鮮やかな「高麗人参入り旬野菜のポトフ膳」。メインのポトフは擦った黒ゴマと合わせていただきます(画像下)。

すっかり心を奪われてしまったポトフ。澄み切ったスープのベースとなっているのは竹を発酵させたものです。中国では一般的な食材ですが日本では手に入らず、店主の程 樹民さんが年に2、3度現地まで足を運んで仕入れています。竹といっても青く太く成長したものではなく、ハチクに似た細くて若く柔らかいものを厳選。それを塩漬けして発酵させてから天日干しにすることで1年中食べられる保存食になります。この食材は竹林が茂る江南地方の料理に用いられることが多いそう。水から煮出すことで独特のクリアなスープが出来上がります。

「毎回中国から竹を持って帰ってくるのは面倒なので、日本の竹で作ってみたこともありました。けれども竹にはたくさんの種類があり、日本の竹はアクが強すぎて中国のものと同じ味にはなりませんでした」と苦笑いの程さん。店ではこの「竹スープ」をさまざまな料理にアレンジしています。この日のポトフ膳に添えられていた副菜にも、風味に膨らみを持たせるエッセンスとして多用されていました。


薬膳料理は病を治す薬ではない

具沢山のポトフはお腹も心も満たしてくれる一品。優しいスープが後を引くおいしさです(画像上)。副菜の「柚子トマト」。徳島県産のゆずを爽やかに効かせ、はちみつで穏やかな甘みを加えてありデザートのよう(画像下)。

薬膳料理とは中医学の「陰陽五行説」の考え方を基に薬効のある食材を使い、季節に合わせて調理したもの。使う食材は漢方薬にも用いられることが多く、特有の強い香りや苦み、渋味といったクセを持ち合わせたものも少なくありません。けれども食べる人にはそのクセを感じさせないのが私の仕事だと程さんは言います。

「私が薬膳料理に使うのは、体に良い食材であることが大前提。そのうえで匂いや味が比較的優しいものを選んでいます。多少個性が強くても、下処理の仕方や調理の方法、使う量によって食材のクセは十分に和らげることができるんですよ。一番大事なのはお客さんに薬膳料理をいかにおいしく食べてもらうかということです。おいしいと感じてもらえなければ作っている意味がないでしょう。一つ誤解してほしくないのは、薬膳料理は決して薬ではないということ。食べれば誰でもすぐに元気になったり病気が治ったりするわけではありません。人の体の状態は季節と密接に関わっていて、月ごとに目まぐるしく変化しています。体が季節への適応力を高めるためにあるのが薬膳料理。旬の食材を基本にし、気候に応じて料理の方法も変えていくというのが薬膳料理なのです」。

祖母譲りの家庭料理がベース

「鶏モモ肉の竹蒸し」は宮崎県産の鶏肉を竹のスープで蒸したもの。3種類のみそにゴマだれなどを加えたソースが美味(画像上)。「茄子と生姜の竹蒸し」にも竹のスープが使われています。こちらの一品も穏やかで優しい味わい(画像下)。

飾らず朗らかに慣れた日本語を話す程さんは、来日して20年以上になります。中国・上海で生まれ育ち、東洋医学医師(漢方医)として14年間病院に勤務。数多くの外科手術を手がけていました。外科の技術がほとんど役立たない無医村でも働いた経験から、経絡や漢方、生薬についても学びを突き詰めていたことがあるそうです。

「日本にやって来たそもそもの目的は料理店を開くことではありませんでした。日本の文化や風土に惹かれ、住んでみたいと思ったからです。私が生まれた年は文化大革命の時期と重なり、中国は外国との交流がほとんどなく、他国の文化が入ってこないなかで育ちました。その反動で若いときから外国に興味津々。政策が解消されたら外の世界に出ていき、いろんなものを見てみたい、触れてみたいという願望がありました。なかでも自国から近く先進国というイメージが強い日本には、高い関心を持っていたのです。文化大革命が終わりを迎え、実際に日本に行ってみると、とても美しく良い国。すっかり気に入ってしまい、根を下ろして生活しようと決めました。特に好きになった街が京都です。宇治は山あって清らかな川が流れていて、自然が好きな私には心惹かれるものがありました。歴史も深く、お茶もおいしいし住みやすいところだと感銘を受け、暮らすことにしたのです」。

漢方医としての経験を生かせる仕事を日本でしたいと考えたとき、程さんの頭に浮かんだのが薬膳料理でした。蘇州で生まれた祖母に、小さいころから料理を習っていたことも今につながる原点です。
「薬膳料理が日本人に受け入れられるかはわからない。けれども自分の持っている知識が日本人の健康に役立てばうれしい」という思いで構えた店も、あっという間に11年目。蘇州の家庭料理のテイストを受け継いだぬくもりあふれる料理の数々が、口コミで評判を広げています。


身近な食材が漢方薬になる

「メークインと苦瓜の漢サラダ」はジャガイモの甘さの中に感じられるほんのりとした苦味がクセになります(画像上)。箸休めのザーサイも程さん自慢の一品。かめの中で1年間じっくりと発酵させ、シャリシャリとした食感が小気味良い(画像下)。

茉莉花のメニューは月替わり。季節ごとにテーマが決められています。取材に訪れた9月は「心臓の機能を養い、高める」。厳しい残暑を乗り切るための食材がふんだんに取り入れられていました。その一つがニガウリです。副菜の小皿に盛られた「メークインと苦瓜の漢サラダ」は、ニガウリとジャガイモを和え、ニンニクの香りを効かせたあっさりとした一品。ニガウリは細かく切ってあり丁寧に下処理されているため、苦味を気にせず箸が進みます。

「夏の労を癒やし、体の中に溜まった熱や湿気を放出する機能を持っているのがニガウリ。苦味を嫌がる人もいますが、味覚が育った大人なら、料理のアクセントとして感じられるでしょう。私は適度な苦味は料理の味わいを高めてくれ、渋味もうま味になると考えています。素材そのものの味をうまく生かすことは、料理をする上でとても大事なことです。ヤマイモ、カボチャ、トウガンなど、スーパーで売っている身近な食材の多くは、実は立派な漢方薬です。その一例がヤマイモ。料理をするときには、すりおろしたり煮たりしますよね。ところが生の状態でスライスし、干して十分に乾燥させると、中国では山薬(さんやく)と呼ばれる漢方薬になります。同じ食材であっても扱い方次第で料理にも漢方薬にもなるということです。漢方薬の場合は製薬方法によって身体に及ぼす効能も異なります。たとえば、ヤマイモに酢を加えると肝臓の特効薬に、塩を混ぜると腎臓病の薬になります。炒めたり、焦げ目をつけたり、酢を加えたり、他の生薬と混ぜたり。どのように手を加えるかで体に与える影響が変わってくるのが漢方薬のおもしろいところなんですよ」。

和食の繊細さを取り入れて

食後のデザートも自家製。温かい胡麻団子はとろけるように柔らかい餅の中からコクのある黒ゴマあんがトロリ。

日本食も大好きだという程さんいわく、日本料理は中国料理とかなり似たところがあるそう。
「まず一つに、使う食材が非常に似ていますよね。野菜や魚介の旬を大事にしている点も。だしを取ることに手間を惜しまないところも両国に通ずるでしょう。また、長い歴史の中で独自の食文化が築かれ、発展してきた過程にも共通点が多いように思います。地域ごとに受け継がれてきたオリジナルの食があり、個性が分かれているところも同じ。ただし中国料理の方がより多種多様。日本料理よりはるかに奥深いと感じることが度々あります」。

程さんは勉強のために中国の地方料理を食べ歩き、優れた点は自分の料理にも積極的に取り入れてきました。日本料理からも刺激を受け、五感で得た情報を参考にしています。そのなかで日本料理の底力を最も見せつけられた一品は吸い物だったそうです。
「私は日本の吸い物がすごく好きです。限りなく澄んだスープは一見すると単純そうですが、飲むたびに伝わってくる奥深い味わいにいつも感心させられます。中国でも料理人たちはスープを重視していますが、味は濃厚。中国人はいろんな食材を集めてうま味を凝縮させることは得意ですが、吸い物のような繊細さを表現することは不得意です」。

また、色鮮やかな盛り付けにも日本人らしい細やかな気配りを実感すると言います。
「中国料理では大きな皿にどんと盛って、みんなでシェアして食べるのが一般的。庶民的で親しみやすい反面、雑な印象を受けます。量も多いので、1人で食堂に行くと私でも食べきれないほどです。でも日本では食べる人を思いやり、お腹を満たすのにちょうどいいくらいの量がきちんと計算されて出てきますよね。一品一品が小さくても、いい塩梅の味付けで印象に残ります。彩りも美しく食器の使い方がすごく上手。日本料理の優れたところですよ」。
茉莉花では和食からインスピレーションを受けて盛り付けをアレンジ。副菜は京都らしくおばんざいのスタイルを意識して小皿を並べ、目でも楽しませてくれます。


味はまだまだ進化の途中

茉莉花が名実ともに人気店となった今も、程さんは自分の料理に満足することなく、ますます進化させていきたいと意欲的です。

「うちのお客さんはみんな私の料理を褒めてくれますが、本当はダメなところを聞いてみたいんですよ。でもみんな優しいから言ってくれない(笑)。だからと言ってずっと今のままでいいとは思っていません。社会が進化するように、私の料理も時代についていかないと。これからももっと技術を磨いて、よりお客さんに喜ばれる薬膳料理を作っていきたいと思っています。火の加減、香辛料の使い方、素材の処理と、克服しなければいけない課題はまだたくさんありますから。食べる人が新鮮に感じ、発見がある薬膳料理でありたいと思っています。うちでしか食べられない料理、日本のみなさんがまだ知らない中国の味を披露していきたいですね」。

(2019年9月 取材・文 岸本 恭児)