七味家本舗

一年を通して多くの観光客が訪れる京都。人々でにぎわう名所の中でも、清水寺は随一の人気スポットです。その参道に360年に渡って店を構える老舗の七味唐がらし店「七味家本舗」を訪ねました。

七味家本舗

京都・清水寺の参道にある「七味家本舗」は明暦年間(1655〜1659年)創業の七味唐がらし店。当時は「河内屋」と名乗り、茶店としてのれんを掲げる。清水寺拝観の人々に振る舞っていた「からし湯」が評判となり、いつしか「七味唐がらし」を商うように。1816年に「七味家」と名を改め、今日まで日本人の多彩な食文化に彩りを添えている。

京都府京都市東山区清水二丁目221
075-551-0738
https://www.shichimiya.co.jp/

からし湯から七味唐がらし専門店に

京土産として大人気の七味家本舗の商品。「おばんざいのもと」は鰹節、さば節、だし昆布などが入ったティーバッグ式のだし。手軽に本格的な味が楽しめます(画像上)。明治時代の店舗。掲げられた看板には「七味家」の名が書かれています(画像下)。

清水寺へと続く産寧坂、清水坂、五条坂。3つの坂道が交わるところに建つ「七味家本舗」は、いつもにぎわいが絶えない老舗店です。店先に並んでいるのは「七味唐がらし」「山椒の粉」「一味唐がらし」といった日本生まれの伝統香辛料。お土産にと買い求める人の中には、海外からの観光客の姿も目立ちます。

「京都にインバウンドのお客様が押し寄せるようになってからは、店の様子も一変しました。店先に立っていてふと気がつくと、日本語を話していないなという日もありますよ」。そう朗らかに話してくれるのは、15代目店主の福嶌良典さんです。
創業は明暦年間。茶店として始まり、清水寺の参道で長く歴史を刻んできました。茶店から七味唐がらし店へと転じる大きなきっかけとなったのが、茶店時代にお客さんたちにふるまっていた「からし湯」。今では聞きなれないからし湯とは、白湯に唐がらしの粉を加えたシンプルな飲み物です。

「昔は清水寺の由来となった音羽の滝にご利益を求め、冷水を浴びて身を清める水ごりの修行をする方々が大勢いました。冬場は極寒の中で身を切るような寒さに耐え、夏場でも冷たい水を被り続けるのは辛いもの。祖父や父から伝え聞いたところによると、水ごりを終えた人たちに休んでいただくために、当店では白湯をお出ししていたようです。けれども白湯だけでは体が芯から温まらない。そこでいつからか唐がらしの粉を振りかけ振る舞うようになり、からし湯と呼ぶようになりました。そのからし湯がやがて評判となり、七味唐がらしを商売にする一歩になったということです」。

風土と食文化に合わせて発展

七味家本舗の七味唐がらしは添加物を使用せず、素材それぞれの個性を大事にした製法。360年愛されてきた味です。

七味の老舗と言われる店は全国に3軒あります。1つは七味家本舗、もう1つは約390年の歴史を持つ東京・浅草寺の「やげん堀」、残る1つは信州・善光寺にある創業約280年の「八幡屋礒五郎」です。3軒に共通しているのは、由緒ある寺の門前に店を構えているということ。昔は健康を祈願するために寺参りをする人が多く、参道沿いには薬屋が軒を連ね、参拝者らの健康を支えていました。そこからヒントを得て、薬効を期待し販売されるようになったのが七味唐がらしの発祥と言われています。

3軒の七味は「日本三大七味」と呼ばれ、それぞれの地で発展を遂げてきました。七味は「七つの味」と書くように、基本的には七つの薬味で構成されています。けれども厳密な定義が存在するわけではなく、必ず辛味を利かせなくてはいけないという決まりもありません。素材や味は各店が経験の中で創意工夫を凝らしてきたもの。おのおの個性が見られます。七味家本舗では唐がらし・山椒・麻の実・白胡麻・黒胡麻・青海苔・青紫蘇を用い、唐がらし以外は香りの高い素材を選んでブレンド。やげん堀は焼いた唐がらしが、また八幡屋礒五郎では、しょうがが入っているのが特徴です。素材選びや味の違いは、それぞれの風土や地域の食文化が強く影響していると福嶌さんは言います。

「やげん堀が焼いた唐辛子も加えて辛味に強さを持たせているのは、江戸の料理の濃い味に合わせてのこと。信州の八幡屋礒五郎は寒い地域なので、体を温めるためにしょうががプラスされています。一方、当店の七味唐がらしは香りに特色があります。京料理は出汁のうま味を利かせた淡味が基本。昆布から取った繊細な風味を潰してはいけないと、私たちは辛味より香りを大事に仕上げるよう努めています」。
香りの中心を担うのは、山椒、青紫蘇、胡麻。温かい料理にさっと振りかけると華やかに香り立ち、味の奥行きと幅をぐっと広げてくれる名脇役です。


製造方法は一子相伝で受け継ぐ

明治時代と比べると、ややすっきりとした印象の大正時代の店舗。

個性の強いもの同士を絶妙な配合で混ぜ合わせ、オリジナルの味を追求している七味家本舗の七味唐がらし。素材は湿度や温度の変化に非常に敏感なため、厳しい品質管理が徹底されています。
「ここ数年は日本の四季も激しく変動するようになり、昔ながらの管理方法では対応しきれないこともあります。仕入れた原料は単に冷蔵しておけばよいというものでもなく、冷えすぎると風邪を引いてしまうほど繊細。冬場は外気温も低くなるために同じ製造方法で作っても香りが立ちません。そんなときは毛布をかぶせて適温に戻したりします」。

伝統の製造は門外不出。代々一子相伝で受け継がれてきました。調合する大まかな分量は決められていますが、最終的な割合は経験と勘が頼り。季節によって微細に変化する香りには嗅覚を研ぎ澄ませ、商品のクオリティを均一に保ちます。
「青海苔以外はすべて野菜。私たちは乾燥させて粉になっても素材は生き物という認識を持ち、生鮮食品と同じように取り扱っています。ゆえに賞味期限は4カ月。意外と短いと思われるかもしれませんが、買って何カ月も経った野菜を食べないのと同じこと。七味唐がらしも鮮度が命です」。
とはいえ、素材は新しければ良いというものでもないようです。年に1度の収穫期に出回る “新もん”と呼ばれる唐がらしや山椒は、香りと辛さが鋭く立ってしまい、そのままでは7つの素材がうまく調和しません。

「新もんは寝かせることで少しずつ風味に丸みが生まれてきます。丸みの状態を確かめながら季節に合わせて配合を変えることで、お客様に安心して提供できる商品になります。お買い上げ後も豊かな味と香りをキープできるかどうかはお客様の管理次第。冷蔵庫で保存の上、できるだけ早めにお召し上がりいただくことをおすすめします」。

唐がらしは辛味と甘味のバランス

山椒、胡麻、青海苔など、7つの素材が違いを引き立て合い、風味豊かな逸品となります。

選りすぐった素材の中でも、品質にひときわ厳しく目を光らせているのが唐がらしです。近年は種類も豊富になり、辛味のないものから激辛まで多種多彩。何を使用するかで七味唐がらしの味が大きく決定づけられます。七味家本舗ではあえて品種を限定せず、種苗会社や生産者と相談しながら、試験畑で数種類を栽培。出来を見極め、店の七味に最もふさわしい味を協議し選択しています。

「重要なのは辛味と甘味のバランス。最近は辛味ブームではありますが、辛いばかりでは料理の味をじゃましたり、コンセプトが壊れたりしてしまいます。私たちが重視しているのは、唐がらしの持つ甘味やうま味。料理人へのリスペクトを忘れず、一振りで料理の味にプラスになる七味であることを基本としています」。

自社で使っている唐がらしをフリーズドライにしたものを特別に食べさせてもらいました。辛味より先に自然由来のやさしい甘味が感じられ、糖分が多く含まれていることがわかります。唐がらし本来が持つ個性を損なわず、他の6つの素材とバランスを取りながら、どう味を表現していくかが、七味唐がらしの難しいところだと福嶌さんは語ります。


山椒が不作でも妥協はしない

のれんにあぐらをかいた商いはもっとも恥ずべきことと考える同店。老舗の伝統は守りながら、時代に求められる味を追求しています(画像上)。昭和時代の店舗。平成時代を超え、令和になっても変わらず同じ場所で、商いを続けています(画像下)。

唐がらしと同じく七味家本舗の味になくてはならないのが山椒です。山椒はミカン科の落葉低木。日本全土の野山に自生していますが、良質なものを栽培するのは難しい上に、成長がゆっくり。収穫が安定するまで農家は根気強く生育を見守らなければなりません。ピリリとした刺激がやわらかいものや強いものなどさまざまな種類がある中で、七味家本舗では丹念に育てた国内産の良質品にこだわっています。また、1種類ではなく数種類をブレンドしているのが特徴です。手間を惜しまずあえてブレンドするのは、七味にした時に極端に山椒の味だけを際立たせないため。京風出汁にたっぷりと振りかけてもくどさがなく、爽やかで清々しい風味が広がり食欲を刺激します。

2019年は暑さと台風の影響で全国的に山椒が大不作の年。七味家本舗にとって大きな打撃となりました。
「当店では山椒の品質基準を厳しく定め、基準に満たないものは一切使わないと決めています。2019年は良質な山椒の確保が難しく、看板商品の一つである『山椒の粉』は止むを得ず例年より生産量を落とし、本店と京都の一部取引店舗での販売としました。味に信頼を寄せてくださっているお客様の期待を裏切らないためです。しんどいからと品質基準を下げて商品を提供することは私たちのポリシーに反すること。山椒の出来が悪く良質なものが手に入らない時は1年間商売を休んでも良いという心構えでこれまでもやってきましたので、ここは我慢すべきところだと判断しました」。
潔い決断に、のれんにあぐらをかかず一流を貫くという老舗の心意気がのぞきます。

時代に応じた新味を追求

店内はいつもたくさんの人でにぎやか。七味家本舗の商品は海外の観光客にも親しまれています(画像上)。ホカホカの湯気に誘われて、観光客が足を止める山椒豚まん。散策で小腹が空いた時にぴったりのおやつです(画像下)。

七味家本舗では、伝統を守りながらも新しいことへの挑戦も続けてきました。七味をアレンジしたおかきやまんじゅう、豆菓子、ドレッシングなど、時代に求められる商品開発に勤しみ、お客さんの関心を引く「一歩先ゆく味」を生み出すことにも注力しています。経営企画室の今北和孝さんは、ファンの裾野を広げるために、若い人にも七味を食べてもらうきっかけをどんどん増やしていきたいと意気込みます。

「七味を食べたことがないという修学旅行生には、カップ麺を食べる時にかけてみてとすすめたり、娘にはスナック菓子にかけて食べるとおいしいよと教えたり。市販のふりかけに七味をプラスするのも一案。風味が格段にアップします。若い人の食生活に応じた手軽な味わい方を提案して、まずは七味に親しんでもらい、おいしいものなんだと知ってもらうことが大事。いつの時代も必要としていただけるものであるために、私たちは努力を積み重ねていかなければならないと思っています」。

鍋やてんぷら、うなぎにかけて食べるものという固定概念を外してみると、思いがけず新しい味との出会いがあるそう。そこから発展し、今冬より新しくラインアップに加わったのが「山椒豚まん」です。タネに荒挽きした山椒を加えることにより豊かな香りを放ち、爽やかな風味が豚の脂をさっぱりとさせています。本店の店頭でのみ味わうことができる期間限定メニューは海外の観光客に大好評。山椒を贅沢に使った専門店ならではの味がうけ、予想を超える反響だそうです。


一手間のおいしさを広く伝えていく

辛味が穏やかなため、たっぷりかけても料理の味をじゃますることがありません。保存するときは冷蔵庫で。

福嶌さんは常に将来を見つめ、今にとどまるのではなく、伝統を育む努力も重ねたいと言葉に力を込めます。根底にあるのは、いつの時代もおいしいと喜ばれるものを届けていきたいというシンプルで強い思い。また時代のニーズやめまぐるしく変化する生活スタイルを読み、安心・安全に気を配りながら、新しい試みも続けていきたいと言います。

「当店が手がける七味や山椒は、人々の食生活に欠かせないものというわけではありません。主役にはなり得ない食べ物であり、もしかしたらこの先、まったく必要とされなくなる時が来るかもしれません。けれども、うどんやそばを食べる時に七味や山椒を振りかけるというほんの少しの手間をかけてもらうことで、ワンランク上の味になることは確か。その“一手間のおいしさ”を、国内外の一人でも多くの人に伝えていきたいと思います」。

これからも世代や国境を越えて愛される店であるために、七味家本舗は京都の地で汗を流し続けます。

(2019年12月 取材・文 岸本 恭児)