カカオ工房 El Molino

チョコレートの新たなムーブメントとして今もてはやされている「ビーントゥバー」。素材や製造方法に徹底してこだわる少量生産のクラフトチョコは、カカオの濃厚さが際立つリッチな味わい。人気が高まり小さな工房や専門店が次々と生まれています。ショコラティエールが心を込めて作る一軒を訪ねました。

カカオ工房 El Molino

兵庫県三田市にあるビーントゥバーの専門店。カカオ豆を焙煎し、チョコレートを練り上げ、パッケージし販売するまでをショコラティエールが1人で行っている。オリジナルレシピで豆の香りと味わいを最大限に引き出したチョコレートはビターで香り高く、男性からも好評。店名になっている「エルモリーノ」はスペイン語で石臼という意味。ビーントゥバーを製造するのに欠かせないメランジャーという機械にちなんで名付けられた。

兵庫県三田市上相野852-1
070-6501-4897
https://cacaomolino.thebase.in/

話題の「ビーントゥバー」とは

酒井さんが心を込めて作ったチョコレートバー。パリッとした食感がおいしさを高め、滑らかな口どけが自慢です。

有名ショコラトリーが手がける一粒数百円の高級チョコレートや、カカオ成分を高濃度で配合したビターなハイカカオチョコレートなど、時代ごとにトレンドを築いてきたチョコレート業界。ここ数年、新たなブームメントとして人気が高まってきているのが「ビーントゥバー(Bean to Bar)」です。カカオ豆の仕入れからチョコレートになるまでの工程を、1ブランドや作り手が一貫して行うことを言い、2000年代の初めにアメリカで始まりました。日本でも10年ほど前から徐々に話題となり、全国各地に工房や専門店が増えてきています。

ビーントゥバーはカカオ豆と砂糖を基本の原材料とし、素材の魅力を引き出す製法が用いられています。ブランドや作り手がこだわりを持って仕入れたカカオ豆を使い、製造過程で香料や人工甘味料、植物性油脂など余分なものは加えず、豆本来の風味を大切に手作りしているのが特徴です。製造方法や味わいは突き詰めるほどに奥深く、ビーントゥバーの世界に多くのファンや作り手たちが魅せられています。

女性が営むビーントゥバー専門店へ

かわいらしくデコレーションされた店内。ポップな什器は酒井さんのご主人のDIYだそう。

2017年から製造を始めた兵庫県三田市にあるビーントゥバーの専門店「カカオ工房 エルモリーノ」を訪ねました。工房兼ショップが建つのは、豊かな緑に囲まれた静かな場所。扉を開けるとポップなショップスペースが広がり、オリジナルパッケージのチョコレートバーやカリッと香ばしいアーモンドチョコレート、艶やかなボンボンショコラなどが並んでいます。併設する工房ではショコラティエールの酒井亜希さんが1人で製造し、販売までを行っています。

酒井さんがビーントゥバーに興味を抱いたのは、コスタリカでのある出会いがきっかけでした。
「主人がコーヒー豆の仕入れ販売をする会社に勤めていて、コスタリカに2年間赴任していたことがありました。コーヒー豆とカカオ豆の産地は重なることが多く、西アフリカを中心に高温多湿の中南米でも栽培されています。コスタリカも特産地の一つでした。主人が任期を終える2〜3カ月前に、私たち家族もコスタリカに行って過ごしている中で、たまたま住んでいたところの近くにチョコレートを作っている店がありました。その店の社長さんと仲良くなり、ある時、家でチョコレートを作る方法を教えてもらうことになって。カカオ豆を焙煎するところからレクチャーしてもらいました」。

このときに学んだのがビーントゥバーの基本的な製造方法。酒井さんは昔からお菓子作りが得意だったわけではなく、チョコレートを一から手作りするのも初めて。丁寧な作り方に驚き、現地や日本でさまざまなビーントゥバーを食べ比べるうちに、スーパーなどで買っていた市販のチョコレートとは全く違う味わいに引き込まれていきました。実家が喫茶店を営んでいたことから、将来は自分でも何か事業を起こしたいと漠然と思っていたという酒井さん。コスタリカで偶然学んだチョコレート作りに刺激を受け、手探りでビーントゥバーの製造を始めます。現地で教わった作り方を振り返ろうとしても、当時はまだ日本で入手できる情報が乏しく、毎日が試行錯誤の繰り返し。最初は機械の使い方もままならず、何度も失敗しながら技術を身につけました。家族の応援にも支えられ、1年の準備期間を経てようやくオープンにこぎつけました。


風味豊かで希少なカカオ豆に特化

ラグビーボールのようなカカオポッド。中にはカカオ豆がたっぷりと詰まっています。

カカオ工房 エルモリーノでは現在、香りが良くて苦味が少ないコスタリカ産を中心に、ベトナム、コロンビア、タンザニアで栽培されたカカオ豆を使ってチョコレートを作っています。カカオ豆にはフォラステロ種、クリオロ種、トリニタリオ種の3つの種類があります。一般的には生産量の約90%を占めると言われるフォラステロ種が主流。私たちが日頃食べているチョコレートの多くがフォラステロ種を原材料としています。日本人が食べ慣れている味ですが、酒井さんが心を引き寄せられたのは、希少価値の高いトリニタリオ種でした。

「世界のカカオ豆の生産量の10%にも満たないトリニタリオ種は良質。トリニタリオ種に特化して仕入れているのが私の一番のこだわりです」。
カカオ豆の中でも特に香りが高いものをフレーバービーンズ、クセの少ないものをベースビーンズと呼びますが、トリニタリオ種はフレーバービーンズを代表する品種です。カカオ豆は産地や品種、気候風土などによって味や香りは大きく異なり、また同じカカオ豆でもローストする温度や時間の違いで風味が変わってくるのがおもしろいと酒井さんは言います。

上質なカカオ豆は発酵がポイント

カカオ豆を生の状態からロースト。オーブンに入れてじっくりと火を通していきます。

気象条件や風土が適さないことから、日本では生育が難しく、ほとんど栽培されていないカカオ。その実はカカオポッドと呼ばれ、ラグビーボールのような楕円形をし、高さ7〜10mに生長した木の太い幹や枝から直接ぶら下がるように実ります。硬いカカオポッドを割ると、中には白い果肉に覆われたカカオ豆がびっしり。収穫したカカオポッドは中身を取り出し、地面に広げたり木箱の中で数日間かけて発酵が行われます。発酵が進むにつれて果肉は消失。茶褐色のカカオ豆が顔をのぞかせます。発酵を終えたカカオ豆は乾燥させ、品質チェックを経て出荷されていくのです。

「発酵は香りの成分が作られる大事な工程で、チョコレートが発酵食品であると言われる所以です。コスタリカにはカカオ農園が複数ありますが、それぞれの農園で取れたものを集中発酵所と呼ばれるところでまとめて発酵させることで味にムラができないようにしています。私が使っている豆も集中発酵所で作られたもの。素材の品質には気を配っています」。


手間と時間のかかる製造

ローストを終えたカカオ豆の殻を一つ一つむいていくと、カカオニブが出てきます。(上)栄養満点のカカオニブ。カカオ本来の味と香りをストレートに味わうことができます。

酒井さんが日々チョコレート作りに汗を流している工房の中をのぞかせてもらいました。ふわりと甘く芳醇な香りが漂い、チョコレートの製造に必要な機械がいくつも置かれています。

生で仕入れたカカオ豆は出荷前に品質チェックが行われているとはいえ、そのまま使える状態ではありません。酒井さんのチョコレート作りはまず、混入しているゴミや形の悪い豆を丁寧に手で取り除く(ハンドピック)ところから始まります。ハンドピックは質の良いチョコレートを作るためには省けない工程。酒井さんは手間を惜しまず地道に作業を続けます。仕分けした豆はオーブンやコーヒー豆の焙煎機を使ってじっくりとロースト。ローストした豆は覆っている殻を外し、中身だけを取り出します。この中身がチョコレートの元になるカカオニブ。ポリフェノールやテオブロミンなど栄養が豊富で、アーモンドに似た形をしています。そのままでも食べられると聞き、試食させてもらいました。カリッとした食感でほろ苦く酸味が感じられ、甘みはまったくありません。けれども香りはほんのりとチョコレート。なんとも不思議で新鮮な味わいです。カカオニブが好きだという酒井さんは、ローストしたものをショップで販売し、自分でも毎日さまざまなアレンジで食べているそう。

「砕いたカカオニブをアイスクリームにかけたり、はちみつを塗ったトーストにのせて食べるのもおすすめですよ」。

完成したチョコは個性的で風味豊か

メランジャーでゆっくりとカカオニブをすりつぶし、滑らかなチョコレートに仕上げます。

豆のローストが終わると登場するのが、メランジャーというビーントゥバー専用の機械です。石臼のようなもので、カカオニブを投入し、石でできたローラーで2〜3日かけてすりつぶしていきます。すると硬かったカカオニブが少しずつ滑らかに変化。砂糖やカカオバターを加えるとチョコレートになります。酒井さんは砂糖にもこだわり、フェアトレードのマラウィ産グラニュー糖を使用。ナチュラルな甘みがカカオの風味を一層引き立てます。

「メランジャーでゆっくりとすりつぶすことで滑らかにするだけでなく、酸味を飛ばす効果もあるんです。コスタリカ産とコロンビア産のカカオは豆自体が持つフルーティーさを生かしたいので、低温でローストしてから2日ほどメランジャーにかけています」。
チョコレートの品質を高めるため、さらにテンパリング(温度調整)を行います。テンパリングとは、カカオバターの結晶を整え、パリッとした歯ごたえとツヤのある口どけの良いチョコレートに仕上げる作業のこと。チョコレート作りの中で最も難しい工程だと酒井さんは言います。テンパリングを終えると型に流し込み、冷やし固めるとようやく艶やかなチョコレートが出来上がります。


ハイカカオチョコで健康にも配慮

いろんな産地のカカオ豆を使ったチョコレートを食べ比べて、風味の違いを楽しめるのもビーントゥバーならでは。

カカオ工房 エルモリーノでは主に70〜90%のカカオを含んだチョコレートを製造。カカオ豆の味が損なわれないようグラニュー糖の量はあえて控えめにし、チョコレート本来の味を知ってもらえるように工夫しています。また、カカオ70%以上のチョコレートはポリフェノールやテオブロミンなどカカオニブが持つ体に良い成分を多く含有。動脈硬化や認知症の予防、便秘解消など、健康や美容に優れた効果が期待されることから、できるだけ体に優しいものを提供したいという思いもあります。

出来上がったチョコレートは、それぞれに個性的な味わい。カカオ70%のチョコレートバーを食べ比べてみると、豆によってはっきりと風味の違いがわかります。コスタリカ産のカカオ豆を使ったものは苦味が少なく後味もすっきり。コロンビア産のものはフルーティーで爽やかな酸味が口の中に広がります。

多くの人に届けたい本物の味わい

ツヤツヤと輝くボンボンショコラ。中にはベトナム、コロンビア、コスタリカなど産地の違うガナッシュを閉じ込めて。

酒井さんがビーントゥバーを通して伝えたいのは「本物のチョコレート」の味と香り。
「ビーントゥバーは完成するまでに5日間を要します。たくさんの量を生産するためには機械に頼らざるを得ませんが、機械を使っても一つ一つの工程に気が遠くなるほどの手間と時間がかかります。けれども、手をかけたぶんだけおいしいものができるというのが私の実感。思いがけず味わい深いチョコレートが出来上がったときは、ビーントゥバーを作っていてよかったとやりがいを感じます。丁寧に作ったものだということをお客様にも理解してもらえたり、おいしいと喜んでもらえたりすると、日々の苦労も報われます。足繁く通ってくれる人が増えてきているので、ますますがんばらないといけませんね。カカオの香りが高く、苦味の少ないチョコレートがあることを広く知ってもらいたいし、体に良いと言われているチョコレートを、もっと多くの人に楽しんで食べてもらいたいですから。よりおいしいビーントゥバーが作れるように勉強を重ねていきたいと思います」。

こ将来はビーントゥバーのチョコレートとコーヒーが楽しめるカフェをオープンさせたいというのが酒井さんの次なる夢。実現に向けて今日も味に磨きをかけます。

(2020年3月 取材・文 岸本 恭児)