カウンターは食の小劇場。料亭仕込みの技をライブで魅せる

大阪・梅田の中心地に建つ大阪駅前第1ビルは、「うまくて安い」が自慢のグルメがそろうサラリーマンたちの聖地。昔懐かしい洋食店や立ち飲み屋など気軽に入れる店が多く、行列ができる人気店も軒を連ねます。その中で食通からも一目置かれる店が「すたんど割烹 若桜」。高級魚をメインにした定食を提供する、知る人ぞ知る和の名店です。店主である奈羅尾 香さんが作る四季を彩った料理は、財界の重鎮や各界の文化人たちを魅了しています。

すたんど割烹 若桜

滋賀・八日市の「招福楼」、京都・岡崎の「つる家」と名料亭で修業を積み、独立。大阪でカウンター8席の「すたんど割烹 若桜」を開き、夫婦で切り盛りする。若いころに培った鋭い目利きで仕入れるのは、氷見の寒ぶりやのどぐろ、真鯛など旬の高級魚。お客さんの目の前でさばき、塩焼きにするランチが評判だ。昼はごはんが売り切れ次第終了となり、夜は基本予約制。おまかせ料理を1人7000円から用意する。政財界や国賓レベルのお客さんたちも足しげく通う一軒。

大阪府大阪市北区梅田1−3−1 大阪駅前第1ビル地下2階
06-6341-4180
夜は予約制

高級魚をランチで出す理由

庶民的な店が並ぶ大阪駅前第1ビルの中で、うちは一番高いランチを出している店とお客さんからは言われています。メニューはいたってシンプル。天然物にこだわって魚を仕入れ、塩焼きなどにし、ごはんと汁物、副菜をつけて出す定食が日替わりで2、3種類。今日は新潟・佐渡の寒さばと富山・氷見の寒ぶりが入荷しています。どちらの魚も旬を迎えて脂がのり始め、刺身で食べられるほど新鮮。ですが私は刺身では出さず、素材の良さをより引き出せる塩焼きにします。日本料理の調理方法で一番難しいのは塩焼きだと思うんですよ。火加減とか焼き上がりのタイミングを見極めるには熟練の技や経験が必要ですから。

今日の寒ぶりや寒さばは分厚く切って串に刺し、兵庫・赤穂産の塩を振ってお客さんの目の前で直火で焼きます。ほら、直火にかけると脂が滴り落ちるでしょう。焼き立ては皿に盛りつけてからもしばらく身の上で脂が踊ります。身がぐっと反るのも新鮮な証拠。
うちではのどぐろや甘鯛のような高級魚も、手に入れば定食で出しています。だからどうしても値段が高くなってしまう。並んでいるメニューは3000円から4000円はしますから、気軽に食べに行こうと言えるランチではないでしょう。それでもお客さんには夢を売りたいと思って。普段はなかなか食べられない魚がランチで食べられたら、やっぱりうれしいじゃないですか。

汁物にも季節感を持たせる

定食に使う食材は、魚だけでなく一品一品すべてにこだわっています。たとえば汁物は季節によって具材も味も変えています。春はあさり、夏は島根・宍道湖産のじしみ、寒くなってきたら粕汁。鹿児島産の黒豚で豚汁を作ることもあります。今日は粕汁。酒粕は玉乃光という京都・伏見で仕込まれた新酒の搾りかすを使っています。具材の豚は鹿児島産の黒豚、油揚げも豆腐屋さんから届けてもらう厚めに揚げたもの。食べ応えがあってうまいでしょ。汁物は寒くなるに連れてあっさり味から濃い味に変えていくようにしています。季節にそって少しずつ味のボルテージを上げていく。冬場は濃い味のものを口にすると体が温まりますからね。

食育という視点で話すと、味噌や酒粕は昔からある日本伝統の発酵食品。文句なしで体には良いものですよね。焼き魚に添える大根おろしは、うちではオーダーが入ってからすりおろしています。すってから5分以内に食べないと、ビタミンCが逃げてしまうんですよ。すりおろした汁にも栄養分はたっぷりあります。だから搾ってはだめ。たまに水で洗うところもあるようですが、もったいないですよね。体に良いエキスが全部流れてしまうんだから。


塩分調整できる卵かけごはん

米は兵庫・丹波のコシヒカリ、ポン酢は100%のすだちジュースを加えて作っています。かぶらの漬物も自家製。料理を作る時にはいつも、お客さんの体に良いものを意識しています。ごはんと生卵は2個までお代わりができるサービスもあるんですよ。私は百姓の家に生まれたものだから、ごはんが残るのは嫌でね。釜の中のごはんが空っぽになったら、その日の昼の営業は終わりにします。炊きたてのごはんは卵ごはんにするとどんどん食が進みます。私が考え出した卵かけごはんがあってね。お客さんにもお伝えしているんですよ。

まず、ごはんの上にしょうゆで「の」の字を描きます。そのあとさっくりとごはんを混ぜる。卵は別の器に割って軽く混ぜます。これをごはんにかけてさっと混ぜ、箸で茶碗の底からごはんをすくい、そのまま口に運んでみてください。この方法だとごはんの上で塩分をコントロールすることができます。塩分制限が必要な持病のある人は、卵かけごはんを食べたくても食べられない。卵にしょうゆを加えると塩味がわかりにくくて、どうしてもしょうゆをかけすぎてしまうんですよね。この卵かけごはんは噛んだらしっかりしょうゆの味が広がって、米の甘味や卵のコクもわかるはず。塩分を気にする人は、試してみるといいですよ。

うなぎを贅沢にいただく究極丼

今日は愛知・三河一色産のうなぎも仕入れてきたので、朝から何匹もさばきました。今から串を打って、直火で焼いていきます。丸々と太って肉厚でしょう。焼くと表面に脂が浮いてくるので、さっと水で洗い流します。こうすることで汚れや臭みを落とすことができるんです。私は関西風・関東風のどちらも作ることができますが、今日は関東風。焼いてから蒸します。白焼きのままで本わさびを添えて、しょうゆをちょっと垂らして食べてももちろんうまいですよ。

うちにはハーフ&ハーフといううなぎを使ったメニューがあってね。ごはんの上にうなぎの蒲焼きと白焼きを乗せて、厚く焼いただし巻き卵を錦糸卵代わりに添える丼ぶり。ゴージャスでまさに夢のような料理です(笑)。ただしうなぎを丸々一匹も使っているので、1人前が5000円超え。さすがにランチにこの値段は贅沢すぎて出せないと悩む人も多いんです。でも一度食べてうちのファンになるお客さんもいますし、そこらのうなぎ屋さんのよりはるかにおいしいという自信はあります。ぜひ食べてもらいたい料理ですね。

夜は基本予約制でお任せコースのみ。佐賀牛のA4・A5ランクを串に刺して焼くスペシャルな料理があったり、ブランドタグが付いた松葉ガニやすっぽんなど、旬の食材を厳選してお出ししています。


出来立てを食べてもらいたい

私は滋賀・八日市にある「招福楼」、京都・岡崎の「つる家」と名料亭を渡り歩き、若いころから厳しい修行を積んできました。格式ある名店でしかできない貴重な経験をたくさんさせてもらったことは、今の成長と自信につながっています。
第1ビルに店を開いたのは知人からの紹介です。料亭時代の教え子や弟子たちがみんな巣立ってひと段落したとき、人を育てるより自分一人でやったほうが気楽だなと思って独立しました。実は昔からごはん屋さんをするのが夢だったんですよ。料亭でこのままキャリアを重ねるより、お客さんと近い距離で商売がしたかったんです。

私が勤めていた料亭は広すぎて、せっかくの熱い料理も長い廊下を運んでいるうちに冷めてしまったり、配膳をスムーズにするために料理を作り置きするものだから、出来立てはなかなか食べていただけない。お客さんからは「吸い物や蒸し物がぬるい」とお叱りが出てしまうこともありました。料理人としては、熱い料理は熱いうちにお出ししたいと思うのは当然のこと。この店を持ってからは、お客さんと会話をしながら、目の前で焼いたり盛り付けたりすることを始めました。私がやっていることは完全にライブ。だから失敗しても逃げられないんですよ。

お客さんとのコミュニケーションを大事に

独立してからのお客さんづくりは一から。料亭では世界各国の著名な方々の料理を担当させてもらいましたが、料亭時代のお客さんを引っ張って来たわけではありません。まったく人脈のないところから若桜はスタートしました。おいしいもならお金に糸目はつけないという人たちが来てくださって、その人が気に入って知り合いを連れて再来してくれて、また次のお客さんを連れてきてくださって。口コミで今日まで続けてこられました。最近は若い人もインターネットで情報を見て来てくださるようになりました。気軽なランチではないと思いますが、お給料が入ったからと足を運んでくださったり、特別な日のお楽しみだと言ってくださる若い女性のお客さんも増えました。

うちはカウンターとの距離感がとても近いので、すぐにお客さんの反応がわかります。反面、私の失敗も見られてしまいますが、お客さんは大きな心で受け止めてくださる。失敗も含めて、店や私のことをわかってくださるお客さんが増えることは、本当にありがたいことだなあと。私の作った料理を食べて、お客さんが喜んでくださるのが一番大事だと思って、毎日カウンターに立っています。

うちはこの通り原価率が結構高いので、儲かりはしません。でも店を大きくすることは考えていないんです。支店を出さないかという誘いや海外出店の話ももらったことはあります。でもそんな欲はもうありません。私はこの店に骨を埋める覚悟です。来てくださったお客さんが、帰り際にニコニコされていれば十分満足。これからも私の料理とトークで、一人でも多くのお客さんを元気にできたらうれしいですね。


幼児期から大人と同じ味を

最後に、食育について私なりの考えをお伝えできれば。子どもたちに幼いころから食に興味を持たせるためには、毎日の食事を大人と同じ味付けにするほうがいいと思います。幼児向けに薄めの味付けにしている家庭もありますが、それでは味覚が育ちません。塩分が気になるときは、食べる量を少なめにすることでコントロールしてはどうでしょうか。大人と同じように子どもにも「本当にうまいもん」を食べさせたほうがいい。食欲は“欲”です。大人が食べておいしいと思わないものには、子どもも良い反応を示しません。毎日の食事でしっかりした味付けの料理を食べさせていれば、自然と好き嫌いもなくなると思います。

味覚は生きています。幼い時のトラウマは大人になってからの好き嫌いに反映します。大人になってもピーマンの臭いが嫌いな人は、子どものころに食べたピーマン料理の味付けがいまいちだったのかもしれませんね。うちは子どもが小さいころ、妻が作ったにんじん料理は苦手でも私が煮たにんじんは好きで食べていました。臭みがないと子どもたちが褒めてくれるんですよ。
コツは下処理にあります。にんじんの煮物を作る際に用いるのは、昆布や鰹節で丁寧に取った出汁。特別な素材で作らなくてもいいんです。家庭の味ならスーパーで調達できるもので十分。ただ1点、鰹節は厚削りを選ぶのがおすすめです。出汁の取り方にも秘密があり、最後にネル生地で濾すんです。このひと手間が味のじゃまになるようなものを全部取り除いてくれます。面倒だと思わず、ぜひ一度試してみてください。

(2018年12月取材・文 岸本恭児)