J・ブリエ

神戸・三ノ宮からほど近い東灘区。JR住吉駅から徒歩2分の場所に建つ、かわいらしいピンクのマンションの一室に、知る人ぞ知るフランス焼き菓子の店があります。通りに小さく看板を掲げる「J・ブリエ」は、主婦の道本順子さんが始めました。

J・ブリエ

シンプルなフランス焼き菓子の販売と、子どものお菓子教室を開催。素朴な味わいのクッキーやケーキは温かみが感じられ、アットホームな雰囲気がリピーターに愛される理由の一つ。販売しているお菓子の生地には米粉を100%使用し、バターや砂糖、塩をベースに焼き上げ、出来立てのおいしさを届ける。保存料、合成甘味料、食用色粉、トランス脂肪酸は不使用。アレルギーの人に優しい卵を使っていないクッキーもある。

兵庫県神戸市東灘区住吉宮町3丁目16-3-301号
090-6913-1365
http://jbriller.jp/

米粉で作る素朴な焼き菓子

J・ブリエへとは、Jour(1日) Briller(輝く)という意味。おいしいお菓子でキラキラとした1日を過ごしてほしいという思いが込められています(画像上)。マンションの一室をショップ、工房、お菓子教室として活用。アットホームな雰囲気です(画像下)。

扉の向こうにお行儀よく並んでいるのは、丁寧にパッケージされたクッキーやマドレーヌ。「J・ブリエ」のお菓子は小麦粉を使わず、米粉100%で作られています。小麦粉アレルギーを持つ人にとっては嬉しい限り。普段はなかなか口にすることができないスイーツを気兼ねなく食べられるとあって好評を得ています。

「米粉のお菓子を販売するようになったのは2010年から。たまたま第一次米粉ブームの時で、それまで小麦粉で作っていたものを米粉に切り替えたらどんな味になるのかなと興味を持ち、気まぐれに取り入れてみたことがきっかけでした。けれども米粉は扱いづらく、一筋縄ではいかなくて。同じお菓子を同じレシピで作っても、米の産地や製粉の仕方で焼き上がりの状態がまったく異なりました。硬いものができたり、生地がうまくまとまらずにモロモロになってしまったり。それが私にとってはおもしろくて、米粉の持つ不思議な魅力に引かれていきました」。


小麦アレルギーでも安心の味

米粉は膨らみにくいなど洋菓子に応用するのは難しく、米粉100%で作るのはコツや技術が必要です。

当時はまだ米粉100%で作られたお菓子は珍しく、道本さんの手本となるようなものはなかなか見つかりません。独自に配合を考えレシピを何度も見直し、試行錯誤を繰り返しました。

「米は日本人の主食だし、小麦粉よりヘルシー。体にもきっと良いはずと信じて地道に楽しみながら試作を重ねていました。そんなある時、小麦粉アレルギーで市販のお菓子が食べられないので、私が作った米粉のお菓子を分けてほしいという人が現れて。私は自分で作った焼きたてのクッキーをお茶とともに頬張る時間が大好き。アレルギーを持つ人たちにも私と同じように楽しいティータイムを過ごしてもらえたらと思ったことから、米粉の焼き菓子を販売することにしました」。

インターネットや口コミで少しずつ評判が広がり、今ではアレルギーの子どもを持つお母さんやアトピーの人などが遠方からも買いに訪れます。

素材の産地にもこだわって

クッキーは抹茶やごまを練り込んだものなど8種類がスタンバイ。サクッと香ばしく甘さを抑えた素朴な味わいです(画像上)。メイプルシュガーを使った風味豊かなマドレーヌ。アルミニウムフリーのベーキングパウダーを使った体に優しい焼き菓子です(画像下)。

「J・ブリエ」の焼き菓子は、米粉以外の食材も産地にこだわり、道本さんが信頼を寄せるものを厳選して使っています。

たとえば、バターは「よつ葉バター」。米粉同様に欠かせない食材の一つです。甘みにはきび砂糖やカナダ産のメイプルシュガーなども揃え、お菓子に合わせてナチュラルなものも使い分けます。味のバリエーションを広げる有機栽培のごまや兵庫県丹波産の黒豆きな粉も道本さんのお墨付き。抹茶は京都の老舗茶屋がお点前用に販売している上質なものを贅沢に使っています。

徹底してアレルギー対応にするのではなく、意識するのは体にやさしい味。素朴で香り高いフランス菓子の魅力は残し、誰が食べてもおいしいものを届けることが道本さんのポリシーです。バターのリッチな風味や牛乳のコクをしっかりと生かしながら、一つ一つ心を込めて丁寧に焼き上げます。


生菓子も米粉100%を叶える

ロールケーキには無添加の生クリームとフルーツを詰め込んで。ココア生地も人気です(画像上)。お客さんの声をそのまま名前にした「びっくりするほど美味しい米粉のシュークリーム」。2個以上から注文できます(画像下)。

道本さんの作るお菓子は、焼き立てや出来立てを味わえるのが人気を集める大きな理由。パサパサで味気ない、フレッシュさに欠けるなど、一般的な米粉のスイーツの持つマイナスイメージを払拭し、香りや食感は小麦粉のスイーツと比べても遜色がありません。現在は8種類のクッキーと、予約で製造・販売しているブラウニーやマドレーヌを中心に、お客さんの要望に応えて商品のバリエーションも少しずつ増えています。

「食べたいという声が寄せられて作るようになったのが生菓子。ロールケーキやシュークリームは予約制で製造・販売しています。米粉の生菓子は貴重で驚かれることが多く、大変好評です。ロールケーキは誕生日ケーキに買い求める人もあり、好みに応じてトッピングのフルーツは変更が可能。旬の時期にしか対応できないこともありますが、イチゴを入れてほしい、マンゴーだけにしてほしいという要望もできるだけ叶えたいと思っています」。
カラフルなロールケーキは、フルーツのみずみずしさとしっとりとした生地のコラボが自慢。また、シュー生地からクリームまで米粉で仕上げた軽い口どけのシュークリームも根強いファンがいるスペシャリテです。

「ありがたいことに週1ペースで買いに来てくださるリピーターの人もいらっしゃるので、できる範囲で新作づくりにも励んでいます」という道本さん。最近、夢中で試作に勤しんでいるのは食パンだそう。

「米粉の良さは独特の風味と味わいにあります。米粉のパンは小麦粉のパンよりも風味が高く腹持ちが良く、食べ応えがあるのが魅力です。焼き上がりは外がカリッとしていて中がもっちり。フランスパンに似た食感だと思います。トーストするとより一層歯ごたえが増し、バターやはちみつをたっぷり塗って食べるとおいしいですよ。ハムや野菜などを挟んだサンドウィッチのアレンジもおすすめです」。

食パンはもう少しレシピを磨いて販売リストに加える予定だとか。デビューが待ち遠しい限りです。

家庭料理でも米粉マジック

米粉の歴史を遡ると、その始まりは奈良時代。遣唐使によって唐から伝わったお菓子に、米粉で作ったものがあったことから、広く日本人の間でも重宝されるようになったと言われています。私たちの食生活に馴染み深いのは、もち米が原材料になっている白玉粉や求肥粉。粘りが強く和菓子との相性は良い一方で、さまざまな料理に応用するには難しい食材とされてきました。近年は米の消費量を上げるために開発が進み、うるち米を製粉した米粉が登場。扱いにくさが克服され、お菓子やパン、麺類など幅広く使われるようになりました。でんぷん質の多い米粉は、どんな料理にアレンジしてもしっとりと滑らかな食感が楽しめるのが特徴。米本来の甘さも加わり味に広がりが生まれます。また、小麦粉の代わりに天ぷらなどの揚げ衣に用いると、油の吸収率を下げることができてヘルシー。サクサクとした軽い歯ごたえもクセになります。

子どものお菓子教室も開催

のびのびと子どもたちの感性を育てるお菓子教室。自分の手で作る楽しさを教えています。

「J・ブリエ」では、子どものお菓子教室も開催しています。対象は4、5歳から小学校6年生まで。教室では難易度の高い米粉を避け、上質な国産小麦粉を使い、大人顔負けのレシピにチャレンジします。子どもたちの健やかな体を思い、米粉以外の材料も厳選。ベーキングパウダーはアルミニウムフリーのものを採用し、生クリームは無添加のものを選んでいます。

レッスンでは子どもたちの好奇心を優先。作りたいものを事前にリクエストしてもらい、年齢や経験を考慮しながら臨機応変に内容を決めています。デモンストレーションはせず、軽量から最後のデコレーションまで子どもたちの手で行うのがルール。すべての工程に全員が参加できることを大事にし、アットホームな雰囲気です。

「私がお菓子づくりを始めたのは、自分の子どものためでした。小さいときはスーパーで買ってきたスナック菓子など、手軽なものをおやつに与えていたのですが、毎日たくさん食べるのを見ていて、たまには添加物がないものを食べさせたいなと思うようになったんです。自分で作ってはみるものの、レパートリーが少なくパウンドケーキばかり。そのうち子どもも飽きて食べてくれなくなりました。それなら習ってみようと思い立ち、たまたま近くにあったル・コルドン・ブルー神戸校に通い、フランス菓子を学びました。学校に通っているときに、近所の人からうちの子どもにお菓子づくりを教えてもらえないかと声をかけられたことがきっかけで、子どものためのお菓子教室としてJ・ブリエがスタートしました」。

子どもたちに指導するようになり、今年で12年目。教室がある日は米粉のお菓子の販売は休み、販売テーブルがレッスンテーブルに一変。にぎやかな声とともにお菓子づくりが始まります。


子どもたちの個性を見極める

子どもたちが休憩時間に書いた先生の似顔絵。レッスンの楽しい様子が伝わってきます。

「大人数のレッスンではパートごとの参加になることも多いですが、うちは少人数制。子どもたちからしんどかったという声が上がるくらい、最初から最後までしっかり取り組んでもらうようにしています。成長のためには何事も経験することが大切です」。

レッスンは長丁場。計量や泡立てなど慣れない作業に、子どもたちはエネルギーを消耗します。集中力が途切れるのも仕方のないこと。疲れた表情が垣間見えると、道本さんはリフレッシュタイムを設け、やる気を継続できるように促します。

「お茶を飲んだりお絵かきで気分転換したりする時間は案外大事。不思議なもので10分ほど休憩をすると、自然とまたキッチンに戻ってきて自発的にお菓子作りを再開するんですよ」。レッスン中は子どもたちの自尊心にも留意しています。

「簡単だから最後まで1人でできると言う子もいますが、任せ切ることはなかなかできません。こっそりと手伝ったり遠くから見守ったりしながら、どんなに小さな子も自尊心を傷つけないように気をつけています。難しい作業が上手にできたときは、きちんと褒めることも忘れません」。

記憶に残る経験をしてほしい

体に負担が少なく栄養価の高い米粉のお菓子をたくさんの人に食べてもらいたいという道本さん。

完成したお菓子は子どもたちにとって特別なもの。まるで宝物のように大事そうに抱えて持って帰る姿を見ると、道本さんも嬉しくなると言います。親御さんにはあまりに本格的な出来栄えにびっくりされることも多いそうです。

子どもにお菓子を教えることは家庭でもできること。けれども自分の子どもにはつい厳しくなり、うまくできないことを叱ってしまったり、手順通りに進まないことにイライラしてしまうこともあります。そんな親の気持ちにも共感できると道本さん。やってみたいという子どもの興味と経験させたいという親心をつなぎ、楽しくのびのびとお菓子作りを学べる場として、これからもあり続けたいと話します。道本さんが教室を通して子どもたちに伝えたいのは、手作りならではのおいしさや温もり。

「デパートやケーキ屋さんに行けば、キラキラしたすてきなお菓子はたくさん並んでいますが、自分で作る楽しさやおいしさは別格。もちろんパティシエが作った本格的な味も知った上で、手作りとプロの味、それぞれの良さを感じてもらいたいという思いがあります。自分で作ってみるとケーキ屋さんに行ったときの見方も変わるはず。ショーケースに並ぶスイーツと同じようなものを作ったことがあれば誇らしく思ったり、作り手の大変さを想像することができたり。きっと視野が広がるでしょう。幼いころ私のところでお菓子作りを学んだ子の中には、当時を思い出して大人になってからお菓子作りを再開してくれる子もいるようです。今後も子どもたちの記憶の片隅に残る経験をお手伝いできれば幸せですね」。

(2019年6月 取材・文 岸本 恭児)