山中油店

昔から私たちの暮らしを支えてきた油。食用としてだけでなく、化粧品や塗料など幅広く用いられてきました。京都にある山中油店は、全国でも珍しい油の専門店。創業200年を超える老舗で、油の魅力について聞きました。

山中油店

創業は江戸時代後期の文政年間。初代が醤油屋から分家し油商人として看板を掲げ、約200年に渡って油一筋に歩んできた。世界の特産地から直輸入するオリーブオイル、昔ながらの製法を受け継ぐごま油やなたね油などの食用油を中心に販売。塗装建築用油やヘアケア・スキンケア用油も手がける。創業当時から変わらない木造建築の店舗は、国の登録有形文化財、京都市の重要景観建造物に指定されている。

京都市上京区下立売通智恵光院西入下丸屋町508番地
075-841-8537
http://www.yoil.co.jp

京都で続く老舗油専門店

竹でできた雨樋は「質素倹約を旨とすべし」という家訓を貫き、今も補修を続けて使っています。

京都市内を東西に抜ける下立売通(しもたちうりどおり)。かつては商人たちが店舗を持たず、立って商売をしていたことに由来し、この名がつけられました。古い街並みが色濃く残る界隈で、ひときわ目を引く木造の建物があります。威風堂々とした佇まいの「山中油店」は油商人として約200年続く老舗。店内には、オリーブオイルやごま油、なたね油など多種多彩な食用油の瓶がずらりと並んでいます。店先に置かれているのは油が入った大きな容器と柄杓。平成の初めごろまではお客さんが持ってきた瓶に入れて量り売りをすることも多かったそうです。今はディスプレイとなった昔ながらの道具が店の歴史を伝えています。

山中油店では扱う数十種類の油をすべてテイスティングできるようになっています。
「お客様に試してみてくださいねと勧めるのですが、『えっ、油をそのまま食べるの?』と驚かれることが多くて。最初はみなさん遠慮されるんですよ」と話すのは、取締役営業部長の浅原貴美子さんです。

油はとても貴重なものだった

昔ながらの製法で作られるなたね油は個性的な風味が特徴です。

現代では食事用として使われることが一般的な油ですが、江戸時代まで関西では灯り用として販売されていました。山中油店でも創業当時は灯り用のなたね油を取り扱い、「神佛燈明売捌処(しんぶつとうみょううりさばきどころ)」と書いた看板を掲げていました。燈明とは神仏に供える灯火のこと。昔は油が大変な貴重品でした。奈良時代には仏教の伝来と共にごま油が伝わりますが、ごま油で作った揚げ菓子は神様・仏様のお供えものとされていました。お供えもののお下がりを食べることは上流階級だけに許され、当時の油の価値をうかがい知ることができます。

なたね油が登場するまで、日本ではえごま油が主流でした。油関係者に「油の神様」として慕われているのが京都・大山崎にある離宮八幡宮です。製油発祥の地とされ、平安時代からえごま油を製造・販売していました。鎌倉時代になると精進料理に油が使われるようになり、室町時代には油座が繁栄。少しずつ一般に油が出回り始めます。江戸時代に入ると、江戸で大流行りしたのが天ぷら。ファストフードとして人気を博し、庶民の間に広がります。けれども、関西までは天ぷら文化が届かず、日本人が当たり前のように油を使った料理を作り始めるのは明治時代から。カツやコロッケなどの洋食が流行り、戦後の栄養不足を補おうと、毎月1日が油の日に定められました。意外にも、日本人の食卓と油の歴史はまだ浅いのです。


重労働だったなたね油づくり

店内の床はえごま油を塗って定期的にメンテナンス。伝統的な建築技法は木材を長持ちさせます。

山中油店で創業当時から変わらず販売されてきたなたね油。江戸時代はなたねを焙煎し、搾木(しめぎ)と呼ばれる搾油機を使ってくさびを打ち付け、押し搾りで油を抽出していました。
「油搾りはかなりの重労働だったようです。搾油機が非常に大きな道具で大人の手にも扱いが大変なほど。一日中くさびを打ち付ける音が響いてうるさく、なたねを煎る強いにおいも周囲に立ち込めます。当店は住宅密集地に建ち、かつては平安宮内裏があった場所。騒音レベルの音やにおいが出る製造はできないということで、近隣で作られたなたね油を仕入れていました」。

同店の「国産なたね油」は今も昔ながらの製法で丁寧に作られています。原料も厳選し、使用するのは国産のなたね。素材本来の持ち味を大事にした植物的な香りが特徴的で、焙煎した香ばしさも活きています。「なたね赤水」はその名の通りやや赤みを帯びた液色が独特。少しクセがあるため、試食したお客さんの好き嫌いがくっきりと分かれる油です。

また、香ばしいと評判の落花生油は煎りたてのピーナッツのように香りが高く、クリーミーな味わい。エスニック料理との相性が抜群で、カレーの下ごしらえに使うのもおすすめです。サラダ油や牛脂を使った時とは違うコクが生まれ、食べ慣れたカレーをワンランク上の味に変化させてくれます。

昔ながらの製法を貫くごま油

店先に置いてある量り売り用の油。今は量り売りをしていませんが、昔の商いの様子を伝えています。

なたね油と同じく、素材から製法までこだわりを貫いているのがごま油です。同店の「玉締めしぼり胡麻油」はうま味が凝縮されまろやか。ゴマそのものの風味をしっかりと感じられる自慢の逸品です。
「一般的なごま油は焦げたような味があり、どんな食材と合わせてもたちまち中華料理になってしまいますよね。当店の玉締めしぼり胡麻油は、ごま油というより練りごまやすりごまのような深い味わい。甘みや風味が高いのは、上質なごまをたっぷりと使っているからです。製法は大正時代に主流だった手法に習い、今では珍しい玉締めしぼりという方法を採用しています。ごまをガス釜でゆっくり煎り、臼に煎ったごまを入れて玉石で押し搾ります。ごまから少しずつあふれ出てきた油を集め、筒状にした和紙を使い1日かけて濾していくと完成。手間暇を惜しまず、油に含まれた不純物を取り除くと、劣化を防ぐことができます」。

玉締めしぼり胡麻油は和食に合うごま油。浅原さんのおすすめはきんぴらです。にんじんやごぼうなどの根菜を炒めると、甘みが乗っておいしいのだそう。丁寧な手仕事で作られた油は、合わせる食材を選びません。鍋にくっつかないようにするためや揚げ物をするためだけに油を使うのではなく、調味料の一つとして取り入れると料理のバリエーションが無限に広がります。


違いがわかるオリーブオイル

店内に並ぶ油は全種類テイスティングが可能。それぞれの風味の違いに驚かされます。レトロなラベルもおしゃれ。

だし文化が強く根付く京都では、油が素材にうま味を加えるという意識が薄く、プロでも油選びに意外と無頓着だったりするそう。それでも山中油店が長く商いを続けてこられたのは、時代に沿って油を売ってきたからだと浅原さんは言います。その一つが、20年前にオリーブオイルの直輸入を始めたこと。以前は揚げ物用の油を中心に大手メーカーのオリーブオイルも扱っていましたが、品質を重視したものを揃えるよう方向転換しました。

たくさん並んだオリーブオイルをいつくか試食させてもらうと、素人でも一口目にはっきりと個性がわかります。今、人気があるという1本はシチリア島生まれの「ゼフィーロ」。フルーティーで青リンゴにも似た爽やかな風味が華やかに広がります。また違った余韻を残すのが南イタリアのプーリア州産の「コラティーナ」。力強い苦味と青々しい香りがあり、舌や喉の奥にピリッとした辛みも感じます。この刺激はポリフェノールなどの抗酸化物質によるもの。上質なオリーブオイルは栄養価が高く、健康効果も期待できます。

「同じコラティーナでもカリフォルニア産のものでは苦さのタイプが異なります。カリフォルニアは雨が少なく、凝縮された味わいがあるのが特徴。同じ品種のオリーブでも、育つ環境によって味わいや香りに歴然とした違いがあるのがオリーブオイルの興味深いところです。テイスティングでそれぞれの個性を知ると、自然と合わせる料理も変わってきます」。
オレンジやレモンが入った柑橘系のオリーブオイルも使い勝手の良い1本です。熱を通しても香りが飛びにくい特性を生かし、ホットケーキにアレンジ。焼くときにフライパンに敷くと、爽やかな香りがプラスされて風味豊かに仕上がります。食べる時はハチミツをかけるとリッチなおやつになり、大人の甘味としても楽しめます。

油の保存時は酸化に注意

取材中、何度もテイスティングをさせてもらいましたが、後口に残らず胃もたれもしませんでした。良い油は体への負担が少ないことを実感。

オリーブオイルは熱による酸化に比較的強く、加熱調理もできる油です。オリーブオイルの本場であるスペインやイタリアでは、焼く、炒める、揚げるといった多彩な使い方をしています。反対に、熱に弱いのがアマニ油やえごま油。話題のオメガ3系の不飽和脂肪酸が多く含まれ、悪玉コレステロールを下げたり、高血圧・動脈硬化・心筋梗塞の予防などに効果的とされていますが、加熱調理には不向きです。優れた働きを期待するなら、サラダにかけたりパンにつけたりと、そのまま味わうのが賢い食べ方です。

また、日頃の食生活で気をつけたいのが酸化した油の摂取です。油の酸化は光や熱、空気に触れることによって起こり、風味が劣るだけでなく、体に悪影響を及ぼす可能性があります。胸焼けやむかつきの症状が現れたり、継続して摂取することが老化や病気の原因にもなりうるため注意が必要です。油の保存に際して大事なことを、浅原さんは次のように話します。
「直射日光はもちろん電灯でも油は酸化します。オリーブオイルが色の濃い瓶にボトリングされているのは光を遮るため。葉緑素がたくさん詰まっているので、光に当てるとすぐに酸化してしまいます。保存時はできるだけ光を避け、調理時には火のそばに置かないようにしてください」。


揚げ油は繰り返し使える?

ゴマの深いコクとうま味が凝縮されたとても贅沢な玉締めしぼり胡麻油。同店を代表する味です。

一度に大量の油を使う揚げ物。1回で捨てるのはもったいないと思うのが主婦の本音ですが、使い回しは油が劣化し、味も悪くなると聞きます。その疑問を浅原さんに投げかけると、「質の良い油は繰り返し使えますよ」との答え。揚げる食材にもよりますが、3回ほどは再利用しても問題はないそうです。

ただし、使用間隔を空けすぎないのがポイント。3日前後くらいのスパンで早めに使い切るようにするのがコツです。繰り返し使う場合は、油が冷めてからキッチンペーパーなどでカスを濾して冷暗所で保存しましょう。

「まだ油が高価だった昭和の頃は、とんかつや天ぷらの揚げ油はうま味が滲み出ておいしいと、それを使って炒め物をするのが節約の知恵でした。今は油の値段が下がり、すっかり身近なものとなりました。当たり前の存在になりすぎた油にスポットライトを当てて、魅力を伝えたいとの思いで私たちはこだわりの品々を揃えています。当店で扱う油は多少値が張りますが、スーパーなどで手に入る油と比べると、良質で繰り返し使えるのでコスパは良いと思います」と浅原さんは自信をのぞかせます。

オリーブオイルの誤解

オリーブオイルの味わいや風味の違いはテイスティングしてみると一目瞭然です。

最近はオリーブオイルも種類が豊富になり、どれを買おうか迷ってしまいます。よく見かけるのはエキストラヴァージンオリーブオイルとピュアオリーブオイル。この2種類の違いは製法にあります。

「オリーブオイルには大きく分けて、ヴァージンオリーブオイルと精製オリーブオイル、ピュアオリーブオイルなどがあります。エキストラヴァージンはヴァージンオリーブオイルの最高級品。オリーブの実だけを搾ってオイルにしたものです。ピュアはエキストラヴァージンになれなかったオイルを精製した精製オリーブオイルに、ヴァージンオリーブオイルをブレンドしたもののことを言います。エキストラヴァージンは料理の仕上げ用、ピュアは炒めもの用などと使い分けている人もいるかと思いますが、賞味期限内に使い切ることができないならエキストラヴァージン1本で十分。おいしさは申し分なく、未精製なので栄養価が残り、健康にも良いと思います」。

正しく選んで正しく使う

スキンケア用の椿油はサラサラと肌や髪に浸透していきます。

油はカロリーが高く、体に良くないと悪者にされがちですが、それは私たちの選び方や使い方次第。きちんとした製法で作られた油を正しく活用すれば、健やかな体づくりにも一役買ってくれることが、最近の研究でも明らかになってきました。体に良いという理由だけなく、おいしさで油を選ぶ時代が来ることを、浅原さんは待ち望んでいます。

「おいしく本当に良い油は脂っこくなく胃もたれもしないというのが私の持論。当店の油を使った揚げ物専門店『カフェ綾綺殿(りょうきでん)』も営んでいますが、年配のお客様にも好評です。中には、大きなとんかつをぺろっと食べられたと喜ばれるご婦人もいらっしゃいます。店内は揚げ物店特有の油のにおいもしません。油は原材料と製法が品質の良し悪しを分けます。私たちはこれからも原材料にまできちんと目を配り、安全で安心な商品をお客様にお届けできるよう努めていきたいと思います」。

(2019年11月 取材・文 岸本 恭児)